第16話 ホットケーキといえば……?

「ん?」


「え?」


蒼衣に聞かれた、ホットケーキにかけるものといえば? という問いに、俺は無難なメープルシロップと答えたのだが。


今、違うものが聞こえたような?


「ちょっと待ってください、先輩」


蒼衣が、首を傾げてそう言う。


「まず、バターを載せます」


「おう、載せる」


「そして、上から」


「上から」


「ハチミツをかけます」


「……いやいやいや、メープルシロップじゃないのか?」


「メープルシロップ、普通の家庭にあります?」


「俺の家はあったぞ」


「わーお、ブルジョワですね」


「近所のスーパーに売ってたぞ……」


というか、大学の近くのスーパーにも売っている。少し値段が張るのはたしかだが。


「……ともかく、今日はメープルシロップがないのでハチミツです。美味しいんですよ?」


「それはまあ、そうだろうな」


ハチミツとメープルシロップって、似たようなものっていうイメージがあるし。


……とはいえ。


「メープルシロップじゃないホットケーキって、はじめてだな」


「そうなんですか? むしろわたし、メープルシロップで食べたことないです」


「なら、今度買いに行くか」


「いいんですか? あれ、そこそこ高いですけど」


「……まあ、たまには?」


「最近、そう言って色々食べてる気がします……」


「……それは言わないお約束、だ」


そんな話をしながら、ホットケーキやハチミツ、バターをリビングのテーブルへと移動させる。


甘い匂いが部屋中に充満していて、食欲がそそられる。


蒼衣が、2枚のホットケーキを別々の皿に置き、バター載せる。まだ暖かいのか、ゆっくりとバターが溶けはじめていた。


「ほっ!」


そんなかけ声と共に、蒼衣はハチミツの容器を握る。すると、とろりと粘性の高い、琥珀色の液体がホットケーキへと落ちていった。


「はい、どうぞ」


「おう、さんきゅ」


差し出された、たっぷりとハチミツのかかったホットケーキを受け取る。……ものすごい、甘い匂いがする。


「では、いただきましょうか」


「おう、いただきます」


そう言って、ナイフで切り分け、フォークでひとかけら、口に運ぶ。


口には、甘い香りと、味が広がって──


「あっっっま!!!」


なにこれ、甘すぎる。


そう思い、正面の蒼衣に視線を向けると、もこもこと頬張りながら、幸せそうに目尻を下げている。


「んー! 美味しいです……!」


「甘すぎないか?」


「そんなことないと思いますけど……。というか、わたしはいつもこうですよ?」


そう言って、またもこもことホットケーキを食べる蒼衣に小動物っぽさを感じる。……ふむ。


「んっ!? な、なんですか?」


思わず、手を伸ばし、頭を撫でると、驚いた蒼衣が口の中を空にしてからそう言う。


「いや、小動物っぽいなー、と」


「だからって急に撫でるのはやめてくださいよ。びっくりします」


ぷく、と頬を膨らませ、赤く染めながら、満更でもなさそうな表情の蒼衣を撫で回す。さらさらの髪は、やはり手に馴染んで気持ちいい。


「ちょ、ちょっと先輩! 髪ぐちゃぐちゃになるじゃないですかー!」


「どうせ蒼衣の髪はさらさらだからすぐ直るしいいだろ?」


「あ、それは違いますよ! これでも結構苦労はしてるんですからね」


「そうなのか?」


「そうなんです。髪をさらさらに保つのだって、日頃のケアの賜物なんですから」


「へえ」


自慢げに胸を張る蒼衣だが、正直なところ、俺にその大変さはわからない。……俺は寝癖も直すのに時間がかかる髪質なので。


「先輩、撫でるのもいいですけど、あったかいうちに食べてしまってください。まだまだあるんですから」


そう言って、蒼衣は撫で回していた俺の手を掴む。名残惜しさはあるが、ホットケーキはあったかい方が美味しいに決まっているのだ。


改めて、俺はフォークとナイフを持ち直し、切り分けたかけらを口へと運ぶ。……うーん。


「やっぱり、甘すぎる……」


そう呟いた俺は、緩んだ顔でホットケーキを食べる蒼衣を見ながら、あとでメープルシロップを買いに行こうと決意するのだった。

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