第5話 長所、雨空蒼衣
「……酒を飲めば多少はいい案が出るかと思ってたんだが、出ないな」
「当たり前ですよ。その場のノリみたいに出てくるものじゃないんですから」
「ノリみたいな感じで言ってたの、お前なんだよなあ」
そう言って、レモンチューハイを煽る。軽く喉が熱くなる感覚に顔をしかめながら、缶を音を立ててテーブルに置いた。
「……そもそも、自己分析なんてする必要あるか? どうせ面接で決まるんだし、俺が俺をどう思っていようが関係ないだろ」
「それに関しては同意しますけどね。わたし、自分の長所とか書くのあんまり好きじゃなかったので」
「小学校とかで書かされたやつか。あれ、俺も苦手だったなあ」
学年はじめによく書かされた自己紹介シート、みたいな謎の紙に、ほぼ確実にあった項目だ。運動も、勉強も、ほかのものも、特に何かが得意だったわけでもない俺にとって、地獄のような項目だった。
「……腹が立ってきたな」
何由来かもわからない苛立ちを飲み込むべく、手元の缶を、またもぐいっと煽る。いつの間にか、3本目に手を出していたらしい。
本数のせいか、徹夜明けで飲んでいるせいか、急にアルコールを入れたせいか。どれが原因かはわからないが、なんだか酔いが早い気がする。
ぼんやりしはじめた頭で、よくまとまらなくなってきた思考を口から垂れ流す。
「そもそも、俺に何か長所なんてないんだよなあ。何かが出来る人間なら、こんな微妙な大学にはいないし、こんなに成績も悪くない」
「しれっと同じ大学の人全員の悪口を言わないでください。あと、成績が悪いのは先輩が講義に遅刻するからです」
じとり、とした視線を受け、そちらを見る。仕方なさそうにため息を吐く蒼衣をじっくりと見て、俺は思ったことを口に出す。
「……ああ、俺の長所、みたいなのひとつあるな」
「お、見つかりました? なんですかなんですか?」
そう言って、テーブルに乗り出してくる蒼衣を見ながら、確信する。
「彼女が可愛い」
「ん!?」
俺の言葉に、ぼん、と蒼衣の顔が真っ赤に変わる。……何か、変なことを言っただろうか。頭はふわふわしているが、意識ははっきりしているし、おかしなことを言った覚えはないのだが……。
「せ、先輩!? 今、なんて言いました……!?」
何か慌てたような蒼衣が、食い気味に聞いてくる。
「いや、だから彼女が可愛い」
「も、もう1回!」
「彼女が可愛い」
「さらにもう1回!」
「彼女が可愛い?」
「最後にどうぞ!」
「彼女が可愛い。……って、何回言わせるんだ」
顔を赤くしながら、えへへー、と嬉しそうに揺れる蒼衣に、俺は首を傾げ、缶を煽る。……この味にも飽きてきたな。次は違う味にするか。
なんて、ふわふわと浮ついた感じながら、しっかりと纏められている思考で考える。うん、素面と変わらないな。
立ち上がると、なんだかふらついたような感じがしたが、まあ問題ない。普通に歩けるし。
冷蔵庫へと向かい、パインのチューハイを開け、飲みながらリビングへと戻る。……これ美味いな。
「……うーん、先輩って、アルコールの入り方によっては結構大胆ですね……。これはこれでいいかも……」
後ろを向いて、ぶつぶつと呟く蒼衣に、心外だ、と声をかける。
「まるで酔ってるみたいな言い方はやめてくれ。俺は酔ってない」
「ひゃ!? ……って、先輩。酔ってない、は酔っている人が言う台詞ですよ」
肩を跳ねさせたあと、呆れたようにじとり、と俺を見る蒼衣。
「いやいや、本当に酔ってないパターンもあるからな。今の俺とか」
「残念ながら、先輩はしっかり酔ってますよ。目も据わってますし、何よりふらついてます。おまけに普段は言わないことを、真剣な顔で言ってましたし」
「そうか? ……っていうか、何か言ったか?」
「言いましたよ」
「なんて?」
「可愛い、って。先輩、わたしのことを照れずに可愛いって言ってくれることあんまりないですし、明らかに酔っていると思います。……ここで判別出来るの、ちょっと納得いかないですけど」
「……そんなこと言ったか?」
……いや、言った気もするな。けれど、別におかしいことでもあるまい。
「……これは、完全に酔ってますね……。水でも飲んでください」
蒼衣が、自分用に、とコップに注いでいたミネラルウォーターを、俺に差し出す。
俺は、それを受け取り、一気に飲み干した。酒の後の水はやはり美味い。
「……ほら、やっぱり酔ってます」
「ん? そうか?」
「先輩、こういうときは一瞬躊躇いますよ。最近はちょっと慣れてきているみたいですけど」
「……?」
そう、なのだろうか。もしかすると、自覚がないのかもしれないな、なんて思っていると、急激に、眠気が襲ってくる。今日、寝てなかったしなあ。
床にそのまま寝転がり、目を閉じる。恐ろしい速度の眠気に負けそうになっていると、上から聞き慣れた、心地の良い声が降ってくる。
「まったく、徹夜明けに朝からお酒なんて飲むからですよ」
薄目を開くと、隣で、床に座った蒼衣が、仕方なさそうな表情で、自分の腿をぽんぽん、と手で叩いた。
「はい、先輩。寝るならどうぞ」
「……ん」
もう声を出すのも面倒で、短く答えて、その太ももへと頭を載せる。すると、優しく髪が撫でられ、その心地よさに、ゆっくり、ゆっくりと眠りへと落ちていく。
「……膝枕を恥ずかしがらない時点で、やっぱり酔ってますよ」
「そん、な、ことは……」
思わず、言い返そうとすると、何か、柔らかいもので唇が塞がれる。
数秒後、それが離れたと思うと、耳元で優しく声が囁かれて。
「おやすみなさい、先輩」
その言葉を最後に、俺の意識は途切れた。
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