第6話 雨空蒼衣の独占欲
ゆっくりと、規則的なリズムで、先輩の髪に手を通す。少し癖があるせいか、弾力のようなものを感じるけれど、それがまた心地よい。
「……幸せそうですねぇ」
すやすやと寝息を立て、わたしの膝枕で眠る先輩は、穏やかな、本当に幸せそうに眠っている。……この人、寝ているときが1番幸せそうな顔をしている気がする。ちょっと不満だけれど、ベッドで寝ているときよりも今の方が幸せそうに見えるので、今日は許してあげよう。
……それにしても。
急にいいところを言え、なんて言われても、結構困ってしまうものだ。
具体的に、そして社会的にいいところ、なんて難しい。わたしの思ういいところが、社会的にいいところにはならないことの方が多いだろうし。
……あと、あんまり他の人に先輩のいいところとか、そういう魅力を知られたくない。
先輩は、わたしの先輩で、わたしの彼氏なのだ。先輩の良さがわかるのはわたしだけで十分。下手に知られて、誰かに狙われるようになったら、と思うと不安で不安でたまらない。
……でも、悩んでいる先輩の力にはなりたい。
「……わたし、面倒くさいなあ」
そう呟いて、撫でる手はそのままに、先輩の顔を覗き込む。わたしの葛藤はいざ知らず、穏やかな表情だ。
「先輩のいいところの中でも、1番使えるのは、面倒見がいいところ、だと思いますよ」
そして、面倒見の良さをサポートしているのが、そこそこの察しの良さというか、視野の広さというか、そういう感じのものだ。
そこが、きっと先輩の、就活に使えるいいところ。
他にもたくさんあるけれど、先輩曰く、それは就活には使えないらしい。難しいところだ。
「……まあ、就活に使えないいいところはわたしだけが知っているわけですし」
ひとつくらいは、先輩の長所として出してもいい、のかもしれない。本当は、独り占めしたいのだけれど。
……最近、独占欲が強まっている気がする……。
前まではそうでもなかったと思うのだけれど、いつの間にか嫉妬心とか、独占欲とか、そういうものが大きくなってきている気がする。特に、先輩と付き合うようになってから。
先輩は、どうなのだろう。
わたしに対して、どんな風に思っているんだろう。
前々から、心配だけはすごくしてくれていたけれど、独占欲とか、そういうのは聞いたことがない。……今度、聞いてみようかな。
……もしかして、これもわたしの独占欲から出た気持ちかもしれない。
そう思うと、つい呆れ笑いが出てしまう。
片方の想いだけが大きかったり、重かったりすると、上手くいかないこともあるらしいし、ここは要チェックかもしれない。……いや、上手くいかないなんてことにはならないし、絶対に上手くいくようにするけれど。
……だけど、確認するのは先輩が起きてから、の話だ。
今は、眠っている先輩の寝顔を堪能させてもらおう。
……男の子で、先輩な人に思うのもどうかと思うのだけれど、無防備に寝ちゃって、ちょっと可愛いなあ。
これは、写真に収めておきたい表情だ。
そう思って、カバンの中のスマホを手に取ろうとして──
「……あれ? わたし、先輩が起きるまで動けないんじゃ……?」
ギリギリ手の届かない位置にあるカバンを見つめながら、わたしは冷や汗を流した。
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