第2話 爽やかさの欠片もない朝
「俺のいいところって、何……?」
そう、死んだような目で問いかけた俺に、蒼衣は一瞬呆けた後、心配そうに覗き込む。
「急にどうしたんですか? 変な自己啓発本でも読みました?」
「俺が本あんまり読まないのは知ってるだろ……。じゃなくて、だ。……これ」
そう言って、俺は1枚の紙を差し出す。不思議そうに受け取った蒼衣が、納得したような表情で、その紙を物珍しそうに見た。
「へえ……なるほど。これがエントリーシートですか」
そう、俺が渡したのは、エントリーシート、と呼ばれるものだ。
「就職活動に使うやつですよね?」
「そうそう。履歴書の代わりみたいなものらしい」
「へえー。結構たくさん項目があるんですね……」
そこで、蒼衣は首を傾げる。
「あれ? 就職活動って、4回生からはじめるものですよね? なんで3回生の先輩が?」
「よくわからないんだが、インターン? とかいうのがあるらしい。やっておいた方がいい、らしい」
「全部人づてじゃないですか……。それで、インターンってなんですか?」
「職場体験、みたいなものらしい。本当かどうかは知らないけどな」
そう言って、俺は机へと体を預ける。頬に触れる面が冷たく、気持ちいいような、不快なような、なんともいえない気持ちになる。
「それで、先輩はそのインターンに行くために、このエントリーシートを書いている、というわけですか」
「そういうことだ」
蒼衣は、手に持つ紙から目を逸らさず、俺の潰れた頬をつんつんと指で突く。……これ、突かれる方はこういう感覚なのか。
「それで、先輩は何を書こうとして、いいところ探しになったんです?」
「2番目の枠の、自己PRとかいうやつだ」
思わず、重いため息を漏らしながら、俺は反対側から紙を指で弾く。
「考えてみると、案外出てこないんだよ。むしろ悪いところばっかり気になる」
最初は、自分の長所、というのを考えるのだが、そんなこと誰にでも出来るのでは? と思ってしまい、結果、自分がいかにダメな人間か、というのがわかってしまう。……それも、結構早い段階で。
ちなみに、俺は徹夜で考えていたが、はじめて1時間経たないくらいでこの結論に至った。もうやめたい……。二度と考えたくない……。
そう思い、机に突っ伏してふてくされていたところ、気づけば朝で蒼衣が来た、という流れだ。
「うーん、こういうのって、案外自分ではわからなかったりするものですよね」
蒼衣を見上げると、顎に手を当てて、うんうんとうなづいている。
そして、急に立ち上がり、ぴん、と人差し指を立て、
「では、今からわたしが思う先輩のいいところを端から言っていきましょう!」
そう言って、ぱちり、と片目を閉じて自信ありげに笑う。
「任せてください。先輩のいいところを1番知っているのは、わたしですからね!」
そんな蒼衣を見ながら、俺はふと思うのだった。
落ち込んだときでも、こいつは可愛いなあ、と。
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