第6話 この世でもっとも甘くないあーん

「はい、先輩。あーん」


これだけ聞くと、仲の良いカップルに聞こえるのかもしれない。


だが、現実はそんなことはなく。


「……俺が悪かったから、勘弁してくれ……」


「食べれるって言いましたよね? ほら、食べてください」


「本当にすみませんでした……」


笑顔でポテトを押し付けてくる蒼衣に、俺は曲げるのもしんどい体で、頭を下げる。可愛い彼女が悪魔に見える瞬間とは、実際にあるものなのだなあ……。そんな瞬間、2度と起こらないでほしい。


食べはじめて、約1時間。ハンバーガーは無事平らげ、チキンナゲットとポテトを往復していた俺は、限界を迎えていた。


ちなみに、蒼衣はハンバーガーひとつとポテト1個、ナゲットをいくつか、という普通の量しか食べていない。


それに対して俺は、バーガー系3つにポテト3個、ナゲットは1箱と、自分でも大健闘だと思うくらいには、食べているのだが。


「まだナゲット10個とポテトが5個ありますよー」


「む、無理……。ナゲットはともかく、ポテトは無理だ……」


笑顔の蒼衣に、俺は吐きそうになりながら答える。正直に言うと、ナゲットを食べ切るのも多分無理だ。


「……蒼衣、まだ食えるよな?」


「先輩、腹八分目って知ってます?」


「大食いでそれは考えるな」


「大食いしてるのは先輩だけですからね」


またも、あーん、とポテトを差し出され、俺は恐る恐る口に入れる。……脂がしんどい、

吐きそう……。


「まったく……。そもそもなんで急に大食いしよう、なんて思ったんですか?」


「いや、面白そうだなと思って。たまには蒼衣と何かチャレンジしてみようかな、と」


「……似たようなこと、前にしたじゃないですか」


呆れながらそう言う蒼衣を見ながら、記憶を探るも思い出せない。そんなこと、あっただろうか?


はあ、と息を吐くのが聞こえた。


「そうめんですよ、そうめん。夏にやったじゃないですか」


「あー、そうめんか。たしかに似たようなことを──」


あれ?


そういえば、そうめんを食べ切った時って──


「蒼衣ほとんど食ってなかったよな!?」


「そんなことないですよ? 普通に食べました。普通に」


「普通の量だけな。ほとんど俺が食わされた覚えがあるぞ」


少しずつ、思い出してきた。そうだ、蒼衣は太るだのなんだの言って、結局俺が食わされたのだ。蒼衣は雑に応援していただけの覚えがある。


「……よし、蒼衣。あのとき俺に食わせた分は食ってもらうぞ」


「……先輩、待ってください。そんなことはなかったです。本当です」


「いや、あったからな? よし、残りは蒼衣に食ってもらおうか」


俺の目に、冗談ではないことを悟ったのか、蒼衣はゆっくりと逃げ出そうとするも、それを許す俺ではない。


「せ、先輩はわたしが太ってもいいんですか!? 彼女がまーるくなってもいいんですかっ!?」


「大丈夫。この量では太らねえよ」


それに、多少の丸みを帯びたところで可愛いのは変わらないし大丈夫だろう。


「太りますよ! めちゃくちゃ! どれだけ体重落とすのが大変だと思ってるんですか!」


「知らないけど蒼衣なら出来る出来る」


「無責任です! 絶対先輩も道連れにしますからね! 明日からのご飯はカロリー低めになっちゃいますよ! ほら、諦めましょう!」


「それは困るけど、まあ適当に俺だけ増やせばいいしなあ。インスタントとか」


「か、彼女がダイエット中に高カロリーのものを目の前で食べるとか最低です……」


「別に蒼衣に食うなって言ってないしなあ」


「そういうことじゃないです」


……うむ。このままだと平行線だ。


仕方ないので、俺は強行突破に出ることにしよう。


手近なポテトを1個掴み、俺は蒼衣へと近づく。


「な、なんですかその手のポテトは。待って、待ってください先輩。本当に待ってください! せめて半分にしてください! わたしさすがに1個は食べられません!」


余裕のなくなった蒼衣が後退していくが、残念ながら後ろは壁。逃げられる場所はない。


「わ、わたしが悪かったので! 本当に1個は無理ですー!」


そう叫ぶ蒼衣に、俺はにやり、と笑って。


「ほれ、あーん」


そう言って、ポテトを差し出した。


「一気に数本差し出すのはやめてくださいー!」

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