第7話 ねぎらいのご褒美を
「まったく、酷い目にあいました」
そう言って、ぷくり、と頬を膨らませる蒼衣はいつも通り俺の膝の上に頭を載せ、膝枕──ではなく。
すっぽりと俺の足の上に収まり、座っていた。
「そう言いながら途中から普通に食ってたじゃねえか」
最初こそ嫌がったものの、途中からは諦めたのか、差し出されるままに食べていた。結局、1個丸ごと食べたのだ。やっぱ食えたんじゃねえか。
「それはそうですけど、酷い目にあったのは本当ですし」
蒼衣が頭をぐりぐりと俺の顎に押し付けながらそう言う。動きに合わせて体が揺れるうえ、顎に当てるために背を伸ばしているので、乗られている下半身への刺激がやばい。
そんな俺の葛藤はいざ知らず、蒼衣はちらり、とテーブルの上に残されたポテトとナゲットに視線を向ける。
「それで、この余った分はどうするんですか?」
「それはまあ、蒼衣がなんとかしてくれるかなー、と」
「……要するになにもかんがえていなかった、と」
「そもそも食い切れると思ってたからな」
この量ならいけるかな、と思っていたのだ。いけなかったが。
「うーん、簡単にリメイクして、それで終わりでいけそうですね。そうめんのときほど量も多くないですし」
そこで、蒼衣は何かに気が付いたのか、ぐり、と頭を動かし、俺を見上げる。
「よくよく考えてみれば、今回のも、そうめんも、原因は先輩じゃないですか……」
「いや、そうめんは俺じゃなくて親のせいだ」
「でもわたしが食べる義務はないじゃないですか」
「……そこはまあ、一緒に飯食ってるし」
「作ってるの、わたしですけどね」
「いつもありがとうございます!」
思わず敬語でそう叫ぶと、蒼衣が下から見上げながら続ける。
「毎度毎度、工夫するのも大変なんですよ? わかってます?」
「それは、まあ、そうだろうなー、とは」
「そんなわたしに、ねぎらいのご褒美のひとつくらい、あってもいいと思いませんか?」
「……何が欲しいんだ?」
ちら、と見上げる蒼衣に、俺は冷や汗をかきながら問いかける。……この間、指輪を買ったから金がないんだよな……。
あまり高いものでなければいいのだが……。
そう思う俺だったが、どうやら蒼衣の欲しいものはそういうものではなかったらしい。
「欲しいのは物じゃないですよ。先輩、手を前に出してください」
「ん? こうか?」
言われるがままに手を前に伸ばす。いったい、これがどうしたのだろうか。
「はい。じゃあそのままで」
そう言うと、蒼衣は俺の伸ばした両腕を掴んで自分に巻きつける。
それは、俺が後ろから蒼衣を抱きしめる形だ。
「はい先輩、ゆっくり優しく力を入れてください」
「……こう、か?」
言われた通りに、優しく力を入れる。両腕から伝わる温もりと柔らかさ。そして、ずっと感じていた甘い香りに、脳が溶かされそうになる。
「……これでいいのか?」
「はい。これがいいんです」
蒼衣がそう言いながら、俺に体重を預ける。
「……別に、これくらいなら普通にしてやるのに」
そう呟くと、蒼衣は目を閉じて、人差し指を立てる。
「先輩はどうせ恥ずかしがってしてくれませんよ。ちょっと強引なくらいにお願いしないと」
「……」
……たしかに。そんな気もする。
「まあ、先輩がそう言うなら、今度はなんでもないときにお願いしますね?」
ぱちり、と片目を閉じる蒼衣。
「……そのとき次第で」
「やっぱり恥ずかしがってるじゃないですか」
くすくす笑う蒼衣から目を逸らす。それはまあ、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。……ただ、決して嫌だとか、そういうのではないし、むしろ触れたいと思っている。それは本当の話だ。……蒼衣には、言わないけれど。
「あんまりない機会ですからね。先輩、しっかりぎゅーってしてください」
そう言って、幸せそうに目を閉じた蒼衣に、俺はひとことだけ、「……了解」と返事をして。
やさしく、それでいてしっかりと、抱き締めた。
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