第18話 外れたリミッター
遠くから聞こえるシャワー音に、俺の聴覚は研ぎ澄まされていく。
ただ、水が流れる音だと言われればそうなのだが、その音を気にしてしまうのが男もいうものだ。それも、自室で、彼女が、ともなれば、気になって仕方がない。
だが、それを気にして聞き続けているわけにもいかないのだ。
これまで、何度かなし崩し的に──というか半強制的に──蒼衣が泊まることがあったが、今回は話が違う。
彼女が泊まるのだ。
そして、俺自身のリミッターも外れている。
これまでは、一線を引いた状態で、理性で欲望を押さえつけてきていた。蒼衣とは、あくまでもただの先輩後輩の関係だ、という一線。これがあったから、耐えられた部分が大いにある。
だが、それはもうない。
俺と蒼衣は、もうただの先輩後輩ではない。恋人なのだ。
そんな男女が、同室で一夜を共にする。
何が起こるかもしれないのか。説明する必要もないだろう。
俺にとって、それははじめてのこと。
何が必要なのかとか、そういったことはまったくわからないし、もちろん準備もない。
……ティッシュとか、あればいいのか……? とりあえず、手に届く範囲に置いておこう。それに、このやけに豪華そうな箱。これは隠し気味に。あとは、なんだろうか。
……うーむ、思いつかない。
「お風呂いただきましたー」
「──ッ!?」
後ろから聞こえてきた、いつもより少し緩めの声に、俺は肩と心臓を跳ねさせる。叫ばなかったことを褒めて欲しい。
「どうしたんですか?」
「い、いやなんでもないぞ」
そう言いながら、慌てて振り返ると、ふわりといい香りがする。
いつもはさらさらと揺れている茶色がかった髪は、しっとりと濡れている。頬は少し赤くなっていて、妙に色っぽい。薄手のパジャマがそれをさらに強調する。
「……何か隠してません?」
じとり、とこちらを見る蒼衣から、俺は目線を逸らす。
「何も隠してねえよ。俺も風呂入ってくるから、ゆっくりしててくれ」
そう言って、俺は立ち上がり、早足に部屋を出る。
浴室へと向かい、脱衣所の扉を閉める。
「……ふぅぅぅぅ……」
まず、静かに大きく息を吐いた。
なんとか、バレなかっただろうか。怪しんではいるだろうが、何を隠しているのかまではわかっていないはず。
まったく、蒼衣の察しの良さも考えものだ。
バクバクと弾けそうなくらいに音の鳴る心臓を落ち着けながら、俺は服を脱いで、浴室の扉を開ける。湿度の高い空気が全身を撫でる。
「……いい匂い、するな……」
浴室からは、シャンプーやコンディショナー、ボディーソープの香りがして。さらには、つい数分前までここに蒼衣がいたのだということに気づいてしまって。
俺の心臓は、先ほどとは違う理由で、また鼓動を早めるのだった。
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