第16話 贅沢感と柔らかさ
「えへへー」
俺の腿に頭を預け、左手を上へと伸ばした蒼衣が、口元を緩ませる。
広げられた左手の薬指には、照明を反射する銀の指輪がはまっている。
ゆるゆるの表情を見ながら、俺は蒼衣の髪を撫でる。さらりとした感触は、変わらずの心地よさだ。
「先輩に膝枕をしてもらって、先輩に頭を撫でてもらって、先輩にはめてもらった指輪を眺める……。はぁ……贅沢ですね……」
「3つ中2つはいつも通りだけどな」
「わたし的にはいつも贅沢だなー、と思ってますよ。……でも、そうですね。わたしばっかりも良くないですし、たまには先輩にも贅沢感をお裾分けしましょう」
「いや、別にいらないけどな。というか、その贅沢感は分けられなくないか? 俺が俺に膝枕とか髪撫でたりとかよくわからなくなるんだが……」
俺が俺に膝枕をされつつ頭を撫でられる、なんてカオス極まりない。想像してみるが、頭がおかしくなったようなイメージだ。……というか、気持ち悪くなってくるな……。
「そんな変なことはしませんよ……。というかどういう発想なんですか」
そう言って、蒼衣が体を起こす。いつもより撫でていた時間が短いせいか、なんとなくその感触が名残惜しい。
「はい先輩、どうぞ」
蒼衣は、床へと座り、その太ももをぽん、と叩く。
「……別に俺はいい」
「いいですから、はい」
くい、と蒼衣に体を引かれ、俺は抵抗もなしに倒れ込む。頭に触れる太ももは、いつかと同じで柔らかい。
そして、目の前にそびえるのは双丘。
……前にも言った気がするが、いざやってみると感想は最高、としか出てこない。
そう思っていると、視界を覆う双丘が動く。
「先輩、だらしない顔してますよ」
そう言っていたずらっぽく笑う蒼衣に、俺は罰が悪く目を逸らす。
「……お前だって相当だらしない顔、してたぞ」
「そ、それはそうかもしれませんけど……。先輩のはわたしと違う感じがします。こう、いやらしい感じがします」
「なんてこと言うんだお前」
たしかに、そういう感じがなかったかと言われれば、否定は出来ないわけで……。
「あ、今、目を逸らしましたね。ということはやっぱりわたしのこと、そういう目で見てたんですね?」
にやにやと逸らした視線の先へと入り込んでくる蒼衣。そういうことは気がついても黙っておいて欲しい……。
なんとか話題を逸らせないか、と視線を彷徨わせると、デジタル時計が目に入る。
「ほら、そろそろいい時間だし解散だ」
「あ、誤魔化そうとしないでください! どうなんですか!?」
「そんなことはいいから──むぐ!?」
このまま問い詰められるのも困るので、早く解散してしまおうと体を起こした瞬間、俺は蒼衣に抱きしめられる。顔に感じるふたつの柔らかさ、そして甘い香りが、思考のすべてを埋め尽くす。やわ、らか……。
「先輩! どうなんですか!」
「見てねえ! そんな風には見てねえよ!」
危うく完全に胸に思考を奪われる寸前、拘束が緩み、俺は反射的に嘘を叫ぶ。
だが、蒼衣はそれが不服だったらしく、またも頭に手が回され──やわ、らか……。
「それは彼女としては困るんですけど……! 先輩はわたしをそういう風に見れないってことですか……?」
先ほどとは打って変わって、後になればなるほど、語気が弱まっていく。
それに相まって緩んでいく拘束から逃れ、上を見ると、蒼衣の表情は不安げに、ともすれば泣きそうになっていた。
「……あー」
完全に拘束から離れた俺は、頭をくしゃくしゃと掻いて、ひとつ息を吐く。その顔は反則だ。
「嘘だ。そういう目で見た。……というか、見るなと言う方が無理だ」
「……なら、よかったです」
そう言って、蒼衣が俺の腕に抱きつく。その顔には、安堵の表情が浮かんでいる。……今の流れで胸を押しつけるのはやめてくれ……。
「とりあえず、満足したか?」
「……はい。十分です」
「なら、今度こそ解散だ」
明日──というか、もう今日だったか──は、金曜日だ。まだ平日で大学もある。
ずっと一緒に居てられるのなら、それがいいのだが、残念ながらそういうわけにもいかない。
俺は立ち上がり、蒼衣の方を向くと、ちょうど蒼衣も立ち上がったところだった。
そして、彼女はいつも通り、荷物の方へと向かい──
「あ、先輩。お風呂どっちが先に入ります?」
いつもは言わないことを言い出した。
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