第15話 指輪をはめて
「その、ですね……。指輪を、つけて欲しいんです」
隣から、見上げるように蒼衣がそう言った。
「指輪……?」
……と、いうと、先ほど買ってきたペアリングのことだろう。
まあ、別にはめること自体は構わないのだが。
「なんで?」
「そ、それはですね。その、好きな人に指輪をはめてもらうっていうのをやってみたくて……」
顔を赤くしながら、目線を逸らし、ぼそぼそと呟く蒼衣。そうして、さっきよりもほんの少し近づいた距離で、またも俺を見上げる。
「ダメ、ですか……?」
上気した頬に、少しだけ潤んだ瞳。そして、腕に触れる柔らかな感触に、甘い香り。思考のすべてが蒼衣に持っていかれる。
……使える武器すべてを使ってのお願いだ。というか、おねだりと言う方が正しいかもしれない。
ここまでの威力の蒼衣を断れる俺ではない。まあ、元々断るつもりもなかったのだけれど。
「別に、構わねえよ」
高鳴る鼓動を落ち着けつつ、さも何もないかのように俺はなんとか呟くことに成功する。
「ほ、本当ですか!?」
「おう」
ぱぁ、と表情を明るくし、頬の赤みを残したまま、蒼衣はよし、と小さく拳を握っている。どうやら、俺の動揺はバレなかったらしい。
俺は、近くに置いてあった紙袋から、ペアリングの箱を取り出し、開ける。きらり、と光を反射するふたつのダイヤモンドは、アクセサリーショップで見たときほどは輝いていないように見える。……光の加減でこうも変わるものなのか。
次に指輪を買うときは、もっと良いものを買った方がいいかもしれない。
そう思いつつ、俺は指輪を手に取った。そして、俺の目の前で背中を向け、まだ喜んでいる蒼衣に声をかける。
「蒼衣」
「は、はい!」
くるり、と振り向いた蒼衣。はらり、と茶色がかった髪が舞う。
「手」
「……はいっ」
「緊張してるのか?」
「す、少しだけ……」
なぜか少し堅い蒼衣に苦笑を漏らしつつ、俺はその手を取る。
細くて綺麗な手だ。柔らかくて、すべすべしている。何度か手を握ってきたけれど、それでもまだ完全には慣れない感触に、少し鼓動が早くなる。
それに気づかれないように、俺は落ち着いて、ゆっくりと彼女の左手薬指に指輪をはめる。
根元までしっかりとはまった指輪は、主張が激しくなく、蒼衣の細い指にちょうどいい具合に合っている。やはり、シンプルなものにしてよかったと思う。
俺が手を離すと、蒼衣はゆっくりと、その手を引いて指輪の存在を確かめるように手の甲から薬指を見る。そして、きゅっと左手を握って、右手をその上から被せ、大切そうに包み込んで、目を閉じた。
「ありがとう、ございます。大事にします……!」
そう言って、幸せそうに笑った。
きらり、と指の隙間から光る指輪は、蒼衣がつけているだけで、アクセサリーショップに置いてあったときよりも、格段に輝いて見えた。
思わず俺も笑みが漏れる。蒼衣が喜んでくれて何よりだ。そう思い、俺が自分の分もつけておこう、と箱に手を伸ばすと──
「あ、先輩の分はわたしがつけますね?」
そう言って、蒼衣に箱が持っていかれる。
「え? いや、俺は別にいいけど」
「いいですから、ほら、先輩! 手を出してください!」
「えぇ……」
結局、俺も蒼衣に指輪をはめられたことは言うまでもないだろう。
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