第14話 初〇〇

「お、結構美味いな」


「ですね。まあ、美味しくないはずがない組み合わせですけど」


そう言って、蒼衣はケーキをひとくち食べると、幸せそうに頬を緩ませる。


メインディッシュのステーキを終えた後は、デザートの時間だ。いつかのケーキ屋で買ってきたケーキは、いつもとは少し違うテイストの味だ。


「にしても、チョコレートショートケーキってはじめて見たぞ」


「そうですか? 普通にケーキ屋さんに売ってません?」


そう言われて、記憶をひっくり返してみるものの、見た覚えはない。


「いや、はじめて見たと思う」


そう言ってから、フォークで蒼衣よりひと回りほど大きく分けたひとくちを放り込む。……味にも覚えはないし、やっぱりはじめてなのだろう。


「……ということは、わたしは先輩の初チョコレートショートケーキを奪ってしまったわけですね」


なぜか嬉しそうな蒼衣に、俺は蒼衣のよくするあの視線──じとり、とした視線を向ける。


「他にも色々と初○○系奪われてるけどな」


「と、いいますと?」


いくつか思い浮かぶものはあるが……。例えば……そうだな。


「グラタンとか、ローストビーフとか、あとは今日のステーキソース」


「……初、ではなかった気がしますけど。というか、最後のは確実に違いますよね?」


首を傾げ、怪訝な表情を浮かべる蒼衣だが、一応はアレも初なのだ。


「俺、今言ったやつは外で買ってくるものだと思ってたからな、作ってもらったのははじめてでな」


「なるほど……。でも、なんだか初にしては弱い気がしますね」


「弱いってなんだ……」


「他は何があります?」


「ん? あー……。そうめんのアレンジレシピ」


「それはわたしもはじめてですけど、あんまり嬉しくないです!」


「嬉しいとかあるのか……?」


「あるんですー! 他はないんですか?」


食い気味になってくる蒼衣に、俺は気圧されながらも浮かんだ単語を呟く。


「弁当」


「お弁当、ですか?」


意外そうにする蒼衣。それもそうだろう。この年齢になってはじめて弁当を作ってもらった、なんていうのは珍しいなんてレベルではない。


……それが、ただの弁当なら、だ。


「女の子に作ってもらったのははじめてだ」


「なるほど……。それは結構嬉しいですねぇ」


頬と語尾を緩ませ、次はなんですか!? と目をキラキラさせている蒼衣は、控えめに言っても可愛い。


「他だと……デート、だな」


いつかに行った水族館デートは、記念すべき俺の初デートだった。……めちゃくちゃに緊張したけれど。


「随分と前な気がしますけど、まだ半年くらい前の話なんですよね……」


「時間の感じ方が早くなってきてるの恐ろしいよな……」


ふたり揃って遠い目をしながら、紅茶を飲む。……なんだろうか、この熟年夫婦感。


そう思っていると、遠い目のままの蒼衣が話を続ける。


「ですね……。……というか、わたしと先輩って、デートとして出かけたのは水族館がはじめてでしたけど、その前も結構デートっぽいことしてましたよね?」


「してたか……?」


頬に指を当てて、そう言った蒼衣を見ながら、俺は首を傾げる。……いったいどれのことだろうか。


「講義終わりにお買い物にも行ってましたし、夏祭りも一緒に行きましたよね」


「……たしかに」


言われてみれば、というか見方を変えてみれば、これもある意味デートと言えなくもない。この間も講義終わりの買い出しを放課後デートだ、と言い張られていたし。


「ちなみに、まだあります? 先輩の初○○」


ぐい、と机に乗り出す蒼衣。そんなに気になるのか……。


「あとは、そうだな……」


頭に浮かんでいるのは、あとひとつ。


……言うのが恥ずかしいな。


そうは思うも、蒼衣の興味津々、キラキラした目に負けた俺は、せめてもの抵抗に小声で呟く。


「……キス」


「ぁ……。そ、それはわたしも、です……」


顔が熱くなるのを自覚しながら、ちらりと蒼衣に視線を向けると、りんごのように真っ赤になった顔が見える。多分、同じくらい俺も赤いのだろう。


「ち、ちなみに蒼衣の初○○は何かあるのか!?」


「へ!? あ、そ、そうですね! ええと……!」


無理やり俺が話題を逸らすと、蒼衣もそちらに乗ってくる。


わたわたと慌ただしく動いた蒼衣は、ぴっ、と人差し指を立てる。


「お、男の子の部屋に上がったのがはじめてですよ! あと部屋に上げたのもはじめてです! おまけに泊まったのも泊めたのも初です!」


「お、おう! それはよかった!」


自分でも、何を言っているのかわからなくなりつつ、適当な返事をする。……まあ、よかったというか、嬉しく感じているのは事実だ。


「ちなみに先輩はどうなんです?」


落ち着いてきたのか、蒼衣の頬の染まり具合は元に戻ってきており、それと比例するように、俺の顔の火照りも無くなっていく。


「ん? ああ、俺も両方はじめてだな。そもそもそんな機会がなかったし」


だからこそ、蒼衣の部屋に上がるのには抵抗があったのだ。俺の部屋には、なし崩し的に上がられていたので諦めていたが。


「……わたしと先輩って、結構はじめてを交換してるんですね」


「……だな」


言い方……、と思わなくもなかったが、そこはスルーしておく。


そっちに意識が割かれている間に、蒼衣がなぜか居住まいを正している。


「それで、ですね先輩」


「ん?」


「今からもうひとつ、わたしにはじめてを使って欲しいんですけど」


そう言って、蒼衣は立ち上がり、テーブルを回って俺の隣に来て──

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