第13話 実はそんなに変わらない?

「……あれ? 右にナイフだったか?」


右手にナイフ、左手にフォークを持った俺は、肉を前にして首を傾げる。


「そうですよ。利き手にナイフ、反対にフォークです」


正面の蒼衣が、持ったナイフとフォークを軽く振りながらそう言った。危ないからやめなさい。


「合ってるならよかった。……これ、忘れるんだよな」


「わかります。ナイフでお肉切るなんてあんまりないですしね」


かちゃかちゃと小さな音を鳴らしながら、肉を切る。……案外難しいんだよな、これ。


悪戦苦闘する俺とは違い、蒼衣は綺麗な動作で切り分け、口へと運んでいる。刃物の扱いに慣れているからなのだろうか。なんて思いながら見ていると、蒼衣の表情が緩む。……美味そうだな。


左手に持ったフォークで食べることに違和感を覚えつつ、感じた食欲に、急かされるようにステーキを一切れ口へと運ぶ。


「おお、美味い……」


口に広がるのは、脂の旨味だ。本当に美味い肉というのは、どうやら脂まで美味い、というより脂が美味いらしい。なんというか、脂が甘いのだ。


「ですね……。お肉美味しい……」


そうだ、肉は美味い。だが、もうひとつ美味いものが。


「このソースも美味いな……。どこに売ってたんだ?」


そう、このステーキにかかっているソースだ。絶妙なピリッと感で、それでいて肉自体の味を損ねない、引き立て役。いったいどこで買ったのだろうか。次があればまたこのソースで食いたい。


そう思っていると、蒼衣がふふん、と胸を張る。表情はもちろんドヤ顔で、だ。


「そのソースはわたしのお手製ですよ?」


「マジで!? ステーキソースって作れるのか……」


しかも、この完璧な味付けを……!?


「先輩、結構家庭で作れないと思っているもの多いですよね」


「そもそも作るものだと思ってないからな……」


うーむ、恐れ入った……。


蒼衣の料理スキルに戦慄していると、正面の蒼衣がステーキを口に入れる。


「やっぱり久しぶりのステーキ、美味しい……!」


そう言いながら、また一切れ食べ、頬を緩める蒼衣。


「言われてみれば、俺も久しぶりだな。ステーキって高いからあんまり食えないんだよな」


「そうなんですよね。でも、計算すると外食とあんまり変わらなかったりするんですよ」


「……マジで?」


そうだっただろうか……。頭に思い浮かべようとするも、ステーキの相場がイマイチ浮かばない。


「例えば、外食が1回1000円から3000円とします」


「まあ妥当だな」


ラーメンや回転寿司なら1000円、飲み会なら3000円ほどなので、妥当な範囲だろう。


「今回のこのお肉、だいたい1枚2000円くらいです」


「……マジか。つまり外食をやめてステーキにしても良いってことか……?」


「いや、そういうわけではないです」


自炊をしないと食費がすぐ無くなりますよ、と手を胸の前で交差してバツを作りながら、蒼衣は続ける。


「まあ、今回の収穫はステーキが思っていたより安いってことだな。一人暮らししてから2年間食わなかったのがもったいないな……」


調理も焼くだけと簡単なのに、なぜ気づかなかったのか……。そう思っていると、蒼衣がじとり、と視線を向ける。


「先輩、ステーキ焼くのって、結構難しいですからね? 先輩が焼いたらきっと微妙な味になりますよ。わたしですら微妙なのに……」


「え、これで微妙なのか?」


「本当はもっと美味しく焼けるはずなんですよね……」


普通に美味いと思うのだが……。どうやら、蒼衣は満足がいっていないらしい。


「なら、しばらくはステーキの焼き方練習期間ということで……」


「しれっと毎日ステーキ食べようとしないでください! 家計が破綻します! 練習はしたいですけど!」


フォークで刺したレタスが思ったより大きかったのか、頬がいっぱいになりながら咀嚼する蒼衣を見ながら、俺はステーキを毎日食べる方法を考える。


……勝手に買ってきて冷蔵庫に入れておくか。


「勝手に買ってきて冷蔵庫に入れるのはやめてくださいね?」


「まだ言ってねえよ!?」

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