第6話 結局そこになる
「それで、どの指がどんな意味なんだ?」
「ええと、まずは左手の小指ですね」
そう言って、蒼衣が細く綺麗な小指をぴん、と立てる。
「この指につけると、チャンスや恋を呼び寄せるっていう意味があるらしいです」
「へえ、チャンスか。いいかもな」
チャンスはいくらでもあった方がいい。あって困るものでもないし。そう思う俺に対し、蒼衣はそこではない方が気になったらしい。自分の左手の小指を見て、ひと息。
「チャンスはともかく、恋を呼び寄せられては困るのでこの指はなしですね」
「あー……。たしかにそれはそうだな」
恋人とのペアリングで別の人を呼び寄せてはまったく意味がない。……というか、普通に嫌だなそれ。
「右手の小指は自分の魅力を発揮するらしいですよ」
「うーん……。これは別にって感じだな」
そもそも、俺の魅力って何? という話だ。自分でよくわからないものを引き出されても……。
「ペアリング向きの指ではない気がしますね。では、次の指です。左手の薬指……」
そう呟いて、蒼衣は薬指だけを立てようとして──
諦めた。薬指以外の指も、プルプルと震えている。
「……薬指立てるのは難しいよなあ」
「……スルーしてくださいよ……」
こほん、と咳払いをひとつして、蒼衣は続ける。
「左手薬指は、愛や絆を深めるらしいです。……へえ」
「どうした?」
急に驚いたように目を開く蒼衣に、そう問いかける。
「あ、ええとですね。婚約指輪や結婚指輪を左手の薬指につけるのは、心臓と直接繋がっている指だとされているから、だそうです」
「へえ。……全部心臓と直結してるけどな」
人間の体は循環器官、血管はすべて繋がっているのだ。
「そういうロマンのない話はしてないです……」
じとり、と視線を向ける蒼衣。その視線に耐えきれず、俺は口を開いた。ジョークだよジョーク……。
「そ、それで、右手の場合は?」
「心の安定、創造力アップだそうです」
「左右の指で意味が結構違うんだな」
小指はなんとなく共通性があった気がするが、薬指はまったく関係がなさそうに思える。……まあ、左手の薬指が特別だからなのかもしれないが。
「じゃあ、中指は?」
「ええと、中指は……」
「おおお立てるな立てるな」
そう言って、無意識に立てようとする蒼衣の手を握り、止める。細くて、少しだけひやりとしている。
「わひゃ!? きゅ、急に握らないでくださいよ。びっくりするじゃないですか……」
そう言って赤らめた顔を画面から上げる蒼衣。だが、中指を立てるのはちょっと……な。
「それは悪かった。話を続けてくれ。……中指、そのままでな」
「え? あ、ああー……。はい。わかりました」
ようやく俺が止めた意味に気づいたのか、蒼衣は俺が離した左の手の甲をこちらへ向けて、手を開いたまま中指だけぴこぴこと動かす。
「左手は人間関係を良くしてくれて、右手は邪気を払って創造性を強めてくれるそうです」
「へえー……。ん? さっきも薬指で創造力が高まるって言わなかったか?」
「言いましたね」
「意味被ってんじゃねえか……」
そう呟いて、ひとつ気づく。
「もしかして、右手の中指と薬指につけたら創造性がめちゃくちゃ高くなるんじゃないか?」
「まあ、そうなりますね」
「……やってみるか」
「予言しますけど、2日でつけるのやめてると思いますよ」
「いや、そんなことは……あるな」
真顔で言った蒼衣に反論しようとしたものの、俺もつけ忘れていることが想像出来てしまった。そもそも、俺はあまり見た目に頓着しないタイプなのだ。他人に不快感を与えない程度で良いかな、と思っているので、アクセサリーをつける文化がない。
「……ペアリングつけ忘れそうだな」
「それは大丈夫ですよ。わたしが言いますから」
ふふん、となぜか得意げな蒼衣は、軽く胸を張ったあと、話を戻しますね、と言って続ける。
「次に人差し指ですけど、左手が積極性を高めてポジティブに、右手が集中力を高める効果があるみたいです」
「……急に怪しい自己啓発みたいになってきたな……」
「その言い方はちょっと……」
「いやでも、実際それっぽくないか? ほら、時々大学で注意喚起されるやつ。たしかこの間にもされてただろ」
大学生を狙った怪しい勧誘がこの時期は多発するのだ。ちなみに、俺は見たことがないしされたこともない。
「……そう言われればそう見えてきますね……」
「ちなみに、蒼衣は勧誘されたことは?」
「ないですよ。都市伝説だと思ってます。……って! またそんなロマンのないことを言わないでください! もう! 次最後親指です!」
ぷくり、と頬を膨らませた蒼衣は、画面に触れてから話を続ける。
「ええと、左が目標の実現、右がリーダーシップを高める、だそうです」
「……注意喚起の誘い文句の項目で見たことあるぞ」
「……先輩はやっぱりデリカシーがまだ足りないと思いますね。デリカシーというか、ロマンを感じられないというかなんというか……」
呆れたようにそう言う蒼衣から目を逸らす。
「そんなこと俺に言われてもな……」
自分でもどうかと思うが、考えてしまったことは仕方がない。……というか、教授の手伝いをしている側なので、こういう注意喚起はしつこいほどに言われるのだ。
「……それで、結局どこにする?」
別にこの話を広げても仕方がないと思い、俺は最初の目的に話題を戻す。すると、蒼衣は指を頬に当てながら、うーん、と唸り、
「そうですね……。まあ、無難なところじゃないですか?」
「ってことは……」
「「左手の薬指」」
「……決まりですね」
そう言って笑う蒼衣に、俺は苦笑しながら。
「結局そこになるか」
「まあ、そうなりますよね。……それに」
「ん?」
「左手の薬指に指輪がついているということは、先輩の所有権はわたしにあることを周りに示せますからね……!」
「所有権ってお前な……」
そう言ってにやりと笑う蒼衣に、俺がツッコミを入れると、蒼衣はさらに笑みを深める。
「逆に、わたしの所有権は先輩にあることも示せますよ?」
「……」
下から見上げてくる蒼衣に、俺は無言のまま目線を逸らす。
……悪くない。
そう思ったと同時に、電車が駅のホームへと入り込んでいった。
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