第5話 19と20の差を侮るなかれ

大した距離もないので、一度俺の部屋に荷物を置いてから、俺と蒼衣は駅へと向かった。電車に乗って目指すのは、毎度お馴染み2駅向こうのショッピングモールだ。


改札を通ると、タイミングよく入ってきた電車に飛び乗る。


「な、なかなか、いい、タイミングだった、な……」


「先輩、呼吸が乱れてますよ」


蒼衣の指摘の通り、俺の息は上がっている。


ホームに入る電車が見えたので、階段を駆け下りたせいで息が上がっているのだ。ちなみに、走らなくても多分間に合った。あの走りを返して欲しい。


「歳を取ると息も上がりやすくなるんだよ……」


「先輩、わたしのひとつ上ですよね……」


「20代と10代には明確な差がある……」


「いや、20歳と19歳にそこまで差は無いと思いますけど……」


呆れ顔の蒼衣だが、そんなことはない。


「お前も来年くらいにわかるようになると思うけど、そこには明らかに違いがある。体の劣化がヤバい」


「……本当かどうかはともかく、今とっても20歳になりたく無くなりました」


「お前がなりたくなくても、20歳はやってくる……」


「まさか10代で歳を取ることに恐ろしさを覚えるとは……」


次の誕生日が怖いです……、と呟く蒼衣をニヤニヤしながら見ていると、頬を膨らました彼女に脇腹を指で突かれた。


「ぁふっ! や、やめろ突くな」


「先輩がニヤニヤするからです。はい、この話はやめましょう。違う話にしましょう。先輩、何か話題をお願いします」


ぽす、と車内に配慮してか、小さく手を合わせ、話を締めた蒼衣が、こちらを見上げる。うわあ、1番振られたくない話の振り方されたな……。


「うーん、そうだな……」


俺はそう呟いて、頭の中に話題を思い浮かべる。普段、話をしている間は考えなくても思いつくのだが、いざこうして意図的に話題を出そうとすると、案外思いつかない。


……いや、本当に困ったな……。


本格的に考えようと、顎に手を当てたところで、蒼衣に聞こうと思っていたことを思い出す。これだ。タイミングもちょうどいい話題だろう。


「思いついたぞ」


「お、ではどうぞ」


「今朝、指輪をつける位置で意味がある、みたいな話してたよな?」


「はい、しましたね」


「あれ、どの指だとどんな意味があるんだ?」


そう、この話題だ。今から行く目的のペアリングに関係することでもあるし、聞いておきたかったことでもある。我ながら完璧だ。


「ええとですね……」


そう言って、蒼衣は持っていた小さなカバンからスマホを取り出し、軽く操作する。


「……お前、もしかしてよく知らないな?」


「……そんなことはないかもです」


「今、かもって言ったな……」


「そ、そんなことより、意味を一緒に確認していきますよ!」


そう言って、蒼衣が自分の左手を出して、説明をはじめようとして──


「一緒にって言ったな。やっぱりわかってないだろ」


「もうそれはいいんですー!」


小声の悲鳴が、俺の耳にだけ届いた。相変わらず器用だなあ。

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