第7話 ピンからキリまで

電車を降りてショッピングモールに向かった俺たちは、目についたアクセサリーショップを覗いていた。


「うわ、高いな……」


ちらりと目に入ったのは、小さな宝石がついた指輪。値札には諭吉が十数人吹き飛ぶ額が示されている。


……正直、ペアリングくらいなら、と安易に考えていたことを後悔している。指輪って思っていたより高いんだな……。金、足りるか?


「先輩、こっちですよ、こっち」


財布と口座の中身を計算していた俺に、蒼衣が少し離れたところから声をかける。


「これとか良いですね。シンプルですし」


そう言って、目をキラキラさせている蒼衣が指さしたのは、シルバーリング、と言われるものだろうか。宝石なんかがついているわけでもなく、特徴的な形をしているわけでもない。ほんの少しだけデザインの入った、蒼衣の言った通り、シンプルなものだ。


「お、たしかに良いかもな」


あまりアクセサリーをつけない俺としても、シンプルなデザインは好ましい。


……でも、こういうのほど高かったりするんだよな。


そう思い、ちらりと値札を盗み見る。こっちは諭吉ひとりか。しかもペアでこの価格。


「へえ、値段も手頃なんだな」


思わず漏れた言葉に、蒼衣が反応する。


「そうなんですよ。ペアリングって結構安いものもあるみたいなんです。というか、アクセサリーって高いものから安いものまで色々あるんですよ」


「へえ。……まあ、なんでも宝石がついているわけでもないし、それもそうか」


「宝石だから高いっていうわけでもないですけどね。宝石のサイズとか、質とかでも変わってきますし」


「うわあ、面倒くさそう……」


「わたしも詳しくは知りませんけどね。日常生活で必要な知識でもないですし。というか、詳しく知っている人の方が少ないと思いますよ?」


「……それもそうか」


まあ、そんなことに詳しいやつなら、見た目でわかりそうなものだ。アクセサリーを山ほどつけていそうなイメージがある。……あくまで、イメージだが。


「……で、ほかに気に入ったのはあるか?」


「そうですね……。あ、これとかも良さそうです。ちょっと高いですけど」


そう言う蒼衣の示す先には、先ほどよりもシンプルなものが見える。だが、リング上にはめ込まれた小さく光るものがあった。


「さっきのよりちょっとだけ高くなるんですけど、ダイヤがついてるんです……!」


「ダイヤモンドって聞くと高そうなんだが、そうでもないんだな」


目に入った値札には、先ほどのペアリングと大差のない値段が書かれている。さっき蒼衣の言っていた、サイズや質、という問題なのだろう。


「そうなんですよ。わたしもびっくりです」


そう言いながら、蒼衣はショーケースの中身をひとつひとつ見ていく。


「うーん、やっぱりさっきのふたつが好きですね。先輩はどう思います?」


「俺もさっきのふたつは良いと思うけどな。他は派手な気がする」


「そうなんですよねえ……」


リング自体が大きいものや、でかでかと宝石がついていたりするものが多い。


「……とりあえず、他の店も覗いてみるか」


「そうですね。色々見てから決めたいです」


それを聞いて、俺は店外へと向かおうとしたところで──


「どうした?」


服の裾を掴まれる。


掴んだ張本人の蒼衣は、ちらちらと横のケースを見て、最後にこちらを上目遣いで見上げて。


「少しだけ、別のアクセサリーも見てもいいですか?」


「……別にいいけど」


「ありがとうございます!」


俺の言葉に、ぱぁっと表情を明るくした蒼衣は、俺の服の裾を離してショーケースへと向かう。


目を輝かせている蒼衣を見ながら、俺は苦笑して。


……これ、多分時間かかるな。


これからの長丁場を覚悟した。

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