第4話 ふたつ聞いてください

先ほど、引かれたのが不服だったのか、むっすー、と不機嫌そうな蒼衣は、そっぽを向いている。


「そろそろ機嫌直せって……」


「先輩がからかうのが悪いんですー」


ぷく、と膨らませた頬だけはこちらからも見えるが、それ以外はまったく見えない。


「悪かった悪かった。で、何したら機嫌直してくれるんだ?」


「なんだか扱いが雑な気がします……」


「俺の中では珍しいくらいに寛容だと思うが……」


これ、他から見れば雑に見えるのか……。


と、少し衝撃を受けていると、蒼衣がちらり、と一瞬こちらを見る。


「なんでも聞いてくれます?」


「……ある程度までは。大金とかは無理だからな」


「わかってますし言いませんよ。……じゃあ、ふたつ聞いてください」


「……そのふたつってなんだ?」


ようやく蒼衣はこちらを向いて、ぴっ、と人差し指を立てる。そして、神妙な顔でこう言った。


「ひとつ目は、あーん、です」


「……あーん」


「はい、あーんです」


…………。


「お前は真面目な顔で何を言ってるんだ」


あまりに真剣な顔で言うので何かと思えば、想像を遥かに絶する変なものが飛んできた。


「どうせ先輩、普通にお願いしても逃れようとするじゃないですか」


「……当たり前だろ」


「当たり前じゃないですよ! もう彼氏彼女! あーんのひとつやふたつ普通です!」


「そんなカップルいねえよ……」


「いますよ。わたし見たことあります」


「見たことあるのと当たり前なのは違うんだよなあ」


「とにかく! ひとつ目の要求はあーん、です!」


びしぃ! と鼻先に先ほど立てた人差し指を押し付けてくる。というか、もう鼻に当たっている。痛いからやめてくれ。


「……わかった。してやるから、ふたつ目は?」


どうせ、こうなったら蒼衣は聞かない。


……それに、まあ。


こんな形でなかったとしても、蒼衣にせがまれたらどうせ断りきれずにやっていたのだ。要求の形はあまり関係ないだろう。


……俺、蒼衣に甘すぎる気がするな。もう少し考えて行動するべきかもしれない。


なんて思っていると、蒼衣が人差し指と中指の2本をぴっ、と伸ばす。


「ふたつ目は、膝枕を要求します」


「……いつもみたいに?」


「はい。いつもみたいに」


いつもみたいに、と言っている時点で気づいているだろうが、俺と蒼衣の新しい日課のようなものとして、膝枕が追加された。


付き合いはじめて翌日だったかに、蒼衣が俺の座っていたところに頭を預けてきたのが最初。気づけば毎日させられているのだ。


……俺も蒼衣の髪を触れるので気に入っているのだが。


「まあ、それくらいなら……」


先ほど、周りを見渡したところ、この公園はそれほど人通りが多いわけではない。平日の真昼間というのもあるのだろうが、それにしても少ないのだ。


俺たちが来てから人が寄り付く気配もないので、多少は許される範囲だろう。見られなければ恥ずかしさも半減、というものだ。


「とりあえず、膝枕は飯食ってからな」


「はい。なので最初はあーん、からです」


蒼衣がそう言って、首を少し傾けて、俺の方に寄ってくる。さらり、と茶色がかった髪が、春の風に揺れる。


ああ、やっぱり可愛いな。


なんて、彼女に見惚れながら。


……今からあーん、するのか……。普通に恥ずかしいし嫌だな……。


と、少しだけげんなりもするのだった。


……まあ、可愛い彼女のお願いなので、少しくらいは頑張ってやろう。

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