第9話 準備良し
片手に卓上IH、もう片手にIH対応の鍋を持って、俺と雨空はショッピングモールを離れ、俺の部屋へと帰ってきていた。
「お鍋にIH、具材も準備良し。これで足りないものはないですね」
机の上にそれぞれ並べ、雨空が指差して確認していく。
「……本当に大丈夫だよな?」
「大丈夫です。……多分、ですけど」
「不安……」
「ま、まあ最低限は揃ってるはずですし、出来ないってことはないです」
「まあ、それもそうか」
最悪、適当に湯がいてごまだれで食べるだけでも食えはするはずだ。
「では、そろそろはじめましょうか」
ちらり、と時計を見ると、18時30分を回ったところだ。少し夕飯には早いがまあいいだろう。鍋、どうせ長引くだろうしな。
「手伝うことあるか?」
「いえ、大丈夫です」
そう言って、雨空は手早く準備を整えていく。……正直、あまり何をしているのかわからない。
慣れているとここまで効率化出来るのか……。
雨空の作業を見ながら感心していると、ふと手が止まる。
「先輩、ちょっと見過ぎです」
「ん? ああ、悪い」
「別にいいですけど……」
そう言いながら、雨空は卓上IHの電源を入れる。甲高い電子音と共に、盤面が赤く発光する。
「へえ、これがIH……」
本当にこれで加熱出来ているのか?
しばらくそう思っているうちに、鍋の底から気泡が生まれる。
手を鍋の上にかざすと、温い空気が上がってきているのがわかった。
「おお、本当に加熱出来ている……!」
「いや、そういうものですからね、これ」
現代技術を目にして感動する俺に、雨空が苦笑する。
その間にも、雨空は手際良く野菜を鍋に詰め込み、そして蓋をする。
「あとは待つだけです」
「……マジで? 鍋ってこんなに簡単なのか?」
「そうですよ? 今回は昆布で出汁を取りますけど、本当にやる気がないなら粉末だしでなんとかなります」
「マジか。俺でも出来るな」
「はい。簡単で手間もかからない、主婦の味方です!」
「だからお前主婦じゃないだろ……」
もはや定番のボケに定番のツッコミとなりつつあるやりとりをしながら、野菜や肉に火が通るのを待つ。
カタカタ鍋の蓋が揺れるのを見ながら待機していると、雨空が立ち上がる。
「先輩、お鍋のときお米食べます?」
「食べる。鍋だけだと腹が減るしな」
「わかりました。じゃあ入れてきますね」
そう言って、台所へと立ち去る雨空の背中を見ながら、ひとつ疑問に思う。
「なあ、雨空」
「はい、なんですか?」
遠くから聞こえる返事に、少しだけ声を大きくして問いかける。
「鍋のとき、米を食わない人っているのか?」
「いるらしいですよ? わたしも先輩と同じで食べる派の人ですけど」
「へえ、よくそれだけで満足出来るな」
「お鍋が好きな人なら出来るのかもしれませんよ?」
「じゃあ絶対俺は無理だな」
「ですね。まあ、お鍋が好きなわたしもお米は食べますし、あんまり関係ないのかもしれませんけど」
そう言いながら、台所から戻ってきた雨空の手には、茶碗が2つ握られている。
「はい、どうぞ」
「おう、サンキュー」
それを受け取ると、雨空が俺の正面へと座り、鍋を覗き込む。
「そろそろ食べられそうですね」
そう言って、雨空は鍋の蓋を持ち。
「じゃじゃーん!」
テンション高くそう言って、持ち上げる。
もわり、と白い蒸気が視界を覆って──
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