第9話 盤外戦術です!
「ぐぬぬ……」
唸る雨空が見ている画面には、俺の勝利が示されている。
「こ、こうなったら……」
そう言って、雨空が立ち上がり、そしてこちらを見る。
「ん?」
疑問に思い、見上げる俺に雨空は先ほどより赤くした頬を膨らませて、そして──
「番外戦術です!」
「な……!?」
あぐらをかく俺の上に座った。
「ど、どうですか先輩。これで集中出来ませんね!」
「お前な……!」
たしかに、効果的面だ。いい匂いはするし、柔らかい感触はするし、それになにより、コントローラーを握るためには、手を回さなければならないわけで。
つまるところ、雨空を抱きしめる形になるのだ。
……集中出来るはずがない。
なんとか雨空を降ろそうとして動くも、雨空はぴったりと、というかすっぽりとはまっていて、降ろせる気配がない。……このままやるのか……?
そうこうしているうちに、画面が切り替わりFIGHTの文字が激しいエフェクトとともに飛び出してくる。
……仕方ない。
覚悟を決めて、という言い方があっているのかはわからないが、そんな気持ちでコントローラーを握るために、雨空の腰へと手を回す。
密着度が高いだけでなく、この体勢。鼓動がどんどん激しくなる。
「とうっ!」
雨空がそんな声と共に頭を揺らす。すると、ふわり、と甘い香りが強くなる。
「とりゃっ!」
雨空の体が動く。触れていた場所が変わり、柔らかい感触が、ダイレクトに脳に伝わる。
……これは。これは無理だ。
嗅覚に触覚と、五感のうちふたつが雨空に集中してしまい、操作になんて集中出来るはずがない。救いなのは、視覚に影響がないことだろうか。
とはいえ、画面が見れるからといって、操作ができなければ意味がない。
現に、俺の方のHPは半分を切っている。それに対して雨空は8割ほど残っている状況だ。さすがにまずい。
「それっ!」
雨空の掛け声と共に、美女のキャラクターが回し蹴りを行う。
「く──ッ!」
それを、鋼の精神で画面と操作に集中し、なんとかガード。そして反撃を──
「ほわっ!?」
しようとしたところで、雨空が声を上げて、背筋を伸ばす。そして、こちらを振り向いて、赤い顔で見上げてくる。
「な、何するんですか!」
「は? いや何もしてないが……」
「してます! 急に息を吹きかけないでください! もう!」
……ほう。
どうやら、俺の息が耳に触ったらしい。それを、わざとだと思った、と。
雨空が画面へと視線を戻し、操作に戻ろうとしたところで──
「わひゃ!」
俺は、今度はわざと耳に息を吹きかける。
……これは、効果的面だな。
「だからやめてくださいって!」
顔は赤いまま、ぷくーっ、と頬を膨らませ、怒る雨空に、俺は思わずにやけながらひとこと。
「番外戦術だ」
「なんで先輩までするんですか! 意味ないじゃないですか!」
「やられたからだな」
そう言って、俺はコマンドを入力。無防備なままの美女に、オッサンの技を叩き込んだ。
「ああっ! 卑怯です!」
「先にやってきたの、お前だからな?」
なんて、余裕ぶって操作をしてはいるが、俺だって余裕なわけではない。今も、甘い香りと柔らかな感触、そして悲鳴を上げるたびに動く雨空の刺激に耐えているのだ。あまり動くのはやめてほしい。本当に。
「わひゃ!」
「ぐぉ……!」
という、悲鳴と耐える声を互いに発しながら、操作していく。そして──
「あ、あぶねえ……」
ギリギリ、本当にあと一撃でももらったら負ける状況で、俺が勝利した。
「……むぅ」
雨空は、顔を赤くしながらむくれている。俺も、似たような感じで顔が赤いのではないだろうか。心臓は全力でバクバクと音を鳴らしている。
「まさかあんなひどい手を使ってくるなんて思いませんでした」
「……いや、先にそういう手段を取ったの、お前だからな?」
「わたしは先輩の膝に座っただけです。先輩は息を吹きかけてきました。能動的です。変態さんです」
「ひどい言われようだな!?」
能動的なら変態、というのは違うのでは……。いや変態ではないが。決して違うが。
心の中で誰に向けたものかわからない弁明をしていると、落ち着いてきたのか雨空がひとつ息を吐いた。
「……先輩」
「ん?」
「先輩強すぎます。別のゲームにしましょう」
「お、おう……」
雨空が容赦なくゲームセレクト画面に戻るまで、美女のキャラクターがうなだれた様子が画面に虚しく映っていた。
……まあ、これは選んだゲームが悪かったな。あとは、番外戦術が裏目に出たのもあるだろう。……次は番外戦術なしで頼むぞ……精神的に持たない……。
そんな俺の思考に割り込むように、雨空が選んだゲームは──
「次こそ勝ちます! これです!」
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