第3話 おやつの時間です

時計を見る。


15時をまわったところだった。


昼まで寝るのがデフォルトの俺も、さすがにこの時間にはもう起きている。


別に、この時間になって自分で起きることが珍しいわけではない。


どちらかといえば、珍しいのは雨空が休日に来ていない、というところだ。最近の雨空は、基本的に俺の部屋に来ているので、休日は昼からいることの方が多い。……改めて考えるとおかしいのでは……?


そんな疑問はさておき、今の時間は夕方に差し掛かろうかというところだ。


まあ、つまりは。


今日は、雨空は来ないのだろう。


……うむ。


「勝手にバレンタインで盛り上がってたの、めちゃくちゃ恥ずかしいな……」


もう20歳にもなって、バレンタインで一喜一憂どころかソワソワしているのは、さすがに中学生から成長していない気がするな……。


そんな風に思って、自分の成長のなさに呆れながら、台所へと向かう。


冷蔵庫を開けて、物色。さて、なにを食おうか……。


「適当に肉でも焼くか」


変な時間ではあるが、その分夕飯を遅らせればいい。


そう思い、豚バラ肉のトレーを手に取ると同時。


ガチャリ、と音が聞こえた。


「よしょ、と……。あ、先輩」


「ん? 雨空?」


廊下から首を出したのは、今日は来ないと思っていた雨空だ。……いや、この部屋に自由に出入りしている俺以外、なんて雨空しかいないのだが。


「なんで意外そうな顔を……って、ああ、時間ですか。たしかにいつもより遅いですからね」


「今日は来ないものかと」


「……まあ、その、いろいろありまして」


雨空が、急に遠い目をする。なぜか哀愁が漂っていた。


「お、おう、そうか」


そう言いながら、冷蔵庫を開けっぱなしだったことに気づき、肉を出して扉を閉める。


その音で、俺が冷蔵庫から出したものに気づいたのだろう。雨空が俺の手元を見て、それから視線がじとり、としたものに変わる。


「……先輩」


「なんだ?」


「今、何時かわかってます?」


「15時すぎだな」


「ええ、そうです。では、それは?」


……?


それは、もなにも、見ての通り。


「昼飯」


である。それ以外になにが……?


「……先輩、15時はおやつの時間でお昼ご飯の時間ではないです」


「……あー、そういうことか。まあ、まだ昼飯食ってないから、仕方ない」


「なんで食べてないのかって言ってるんですけど……」


「……寝てたからだな」


「まったく、先輩はそろそろ12時を超える前には起きてくださいね」


はあ、とため息を吐く雨空から、俺はバツの悪さから視線を逸らす。とはいえ、出来ないことを出来る、というわけにもいかないので、こうとだけ言っておく。


「……善処だけはする」


「行動もしてください」


ごもっともです。


とはいえ、出来るならもうやってるんだよなあ……。そんな風に思っていると、雨空がまたひとつ、ため息を吐いた。……どちらかといえば、深呼吸、にも見える。


「先輩、とりあえず、そのお肉は冷蔵庫に戻しておいてください」


「え、いや俺の昼飯」


「さっきも言いましたけど、今はおやつの時間です」


「お、おう。俺の部屋にお菓子はないけどな」


ちょうど、切らしているところだ。常備しているわけでもないから、むしろ切らしていることの方が多いのだが。


「知ってますよ」


そう言って、雨空はひとつ、小さく息を吸った。


「それで、ですね」


次は、小さく息を吐いて。


「先輩に、渡したいものがあります」


しっかりと、俺の目を見て、いつもより少し硬い表情で、そう言った。


……これは、もしかして、もしかするのか……!?

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