第20話 透明か白か

「出来ましたよー」


そう言って、雨空がお椀をふたつ持ってくる。


机の上に、ことり、と置かれたその中には、透き通るだしにかまぼこやにんじん、しいたけなどが入っている。


……ふむ。


「……なあ、雨空」


「なんです?」


「お雑煮って、白味噌では?」


「はい……?」


「え……?」


部屋に静寂が訪れる。


「わたしの家ではこうでしたけど……」


雨空が困惑気味にそう言うが、俺の記憶を辿ってみても、やはり白味噌だ。


「……だしと白味噌のパターンがあるのか……?」


ポケットから取り出したスマートフォンをぺちぺちと叩き、検索をかける。1日連れ回していたからそろそろ充電がやばい。


「……へえ」


「どうですか?」


出てきた結果に驚いていると、雨空が向かいから画面を覗き込む。


さら、と落ちた髪を、雨空が耳へとかける。その仕草にどきり、としながら、気付かれないように画面へと視線を戻す。


「へえ、お雑煮って地域によって味が違うんですね」


「みたいだな」


雨空が作ってくれたお雑煮は、どうやら関東圏で一般的なものらしい。白味噌は関西圏でのもの。恐らく、母方の親戚が関西の人なので、その関係なのだろう。


「へえ……ふーん、ほほう」


俺がそう納得していると、雨空がふんふん言いながら画面をスクロールしている。かと思えば、ばっ、と顔を上げ、こちらを見る。近いな。


「……先輩」


「どうした」


「わたし、今年は各地のお雑煮を作ってみようと思います」


「お、いいな」


「それっぽいものにしかならないでしょうけどね」


そう苦笑する雨空。


「まあ、本格的に、って言うなら1回食ってみないとなあ」


「そうですね。……いつか、食べに行くのもいいですね」


そう言って、雨空が優しく笑う。


種類も多いし、移動距離も長い。これは、そう簡単には果たせなさそうな話だ。


けれど、いつか。


「……だな」


俺も、行けたらいいと思う。


「お雑煮だけだともったいないな。他のご当地グルメも色々食いに行こう」


「いいですね! わたし、旅館とかにあるお土産のお菓子が好きなんですよ」


「わかる、あれ種類多いし悩むけどうまいよな」


そんな会話をしながら、冷める前に、とお雑煮を食べる。


……へえ、このタイプは初めてだが、美味いな。さっぱりしている。


「これはこれで美味い」


「そうでしょうそうでしょう!」


上機嫌になる雨空だが、俺にはもうひとつ本音がある。


「でも白味噌も食べたい」


「それに関しては先輩の求めている味になる保証はありません」


まあ、雨空は元の味知らないからな……。


「……俺が作るか」


そう言うと、雨空が両手を胸の前で合わせる。


「わ、先輩のお料理食べさせてもらえるの、久しぶりです」


「そういやそうか。……作るって言っても、俺は作り方知らないからな……。作れるように聞いてみる」


お雑煮はそんなに難しくない、と聞いたことがある。母親に電話で教えてもらえば出来るだろう。


「いろいろ、楽しみです」


「いろいろ?」


「はい。先輩のお料理も楽しみですし、白味噌のお雑煮は食べたことないので」


「なるほど」


それからも、ゆるく、お雑煮を食べながら会話をする。まったく、ずっと話していたのに、よく飽きないものだ。飽きるどころか、常に楽しいというのだから不思議だとも思う。


そんな心地よい感覚に浸りつつ、新しい、小さな約束をひとつ、するのだった。

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