第14話 きっとそれは願いじゃなくて

むにむにと柔らかな感触に気を取られたまま歩き続け、なんとか人混みを抜ける。


目の前には大きな本殿が。その前に賽銭箱があり、上から鈴が吊るされている。


「……そういえば、賽銭っていくらすればいいんだ?」


ポケットから長財布を出しながら呟くと、腕から離れて同じように財布を出している雨空が口を開く。


「色々語呂合わせで縁起が良い、みたいなのはありますけど、気持ちが大事みたいですよ」


「へえ……」


とはいえ、つい語呂合わせで縁起良くしたくなるのが人間の性だ。


俺は、5円玉を取り出して放り込む。ご縁がありますように、という、おそらく1番有名な語呂合わせにした。隣の雨空は、おそらく50円玉だろう。十分にご縁がありますように、か……。俺もそっちにしておけばよかったか。


鈴を鳴らして二礼二拍手。ぱんぱん、と音が響いたのを聞いて、目を閉じる。


……願い事、か。


叶えてほしいことは山のようにあるが、どれも神頼みをするほどでもない下らないことだ。


例えば、金が欲しいとか。部屋にエアコンをつけたいとか。単位が欲しいとか。……最後のやつは切実だが。


まあ、それでも神に願うには自分でどうにか出来る範囲のことばかりだ。


ならば、願うことはひとつでいいだろう。


今年も健康に、変わらず楽しく日常を過ごせますように。


これで十分だ。


……昨年は倒れたので、今年も、という表現が正しいかは微妙だが、細かいことは気にしないことにしよう。神様もこれだけ多くの願いを聞いていればひとつくらい微妙なニュアンスがあっても見落とすだろう。……見落とすよな?


多忙な神様に想いを馳せつつ、ゆっくりと目を開く。ちらり、と隣を見ると、すでに目を開いた雨空がこちらを伺っていた。


一礼をして、雨空を見る。


「よし、行くか」


「はい」


離れていた雨空がまた腕を絡めてくる。……神前でやることじゃねえな。構わねえけど。


そう思いつつ、ひとつだけ、届かなくてもいい願いをする。


どうか、今年こそは前に進めますように、と。


ちらりと見る隣の雨空の表情に、その想いを強くしながら。

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