第4話 年越し蕎麦に載せるのは?
シャワー音を乗り越えた俺を待っていたのは、衣擦れの音。そしてその次は上気した肌としっとりとした髪である。刺激が強すぎる。もたない。
そんな俺の内心をいざ知らず、雨空はカバンから何かを取り出した。
「31日といえば、やっぱり年越し蕎麦です。なので、今日はお蕎麦です」
「お、おう」
……動くたびに甘い香りが漂う。同じシャンプーとか、リンスとかだよな? 本当に同じものか?
そんな内心をバレないように隠しつつ、会話を続ける。
「ちなみに載せるのはエビのかき揚げしかないです」
「エビ天ないのか?」
「ないです」
「ええ……」
それはちょっとテンションが下がるな……。俺は、年越し蕎麦といえばエビ天の人間なのだ。なんとかならないものか。
「エビ天、どうにかならないか?」
「買いに行くのが1番ですね。自分でやるには手間がかかりすぎます。天ぷらをメインに食べるならともかく、蕎麦に載せるために少しだけエビ天をするのはちょっと……」
「まあ、油も量使うからなあ。……なら、買いに行くか」
「先輩、エビ天そんなに好きでしたっけ?」
首を傾げる雨空。
「いや、エビ天が特別好きなわけではないんだが、実家の年越し蕎麦にエビ天が必ず載ってるからその影響だな。年越し蕎麦にはエビ天っていうイメージがある」
「なるほど。なら来年からはエビ天は用意しておきますね」
「頼む。ちなみに雨空は何が載ってた?」
「エビのかき揚げでしたよ。だからエビのかき揚げだけあります」
そう言って、小分けになっているインスタント的なかき揚げを見せる。
「へえ、そんなのあるんだな」
「便利ですよね。最近はなんでもありますし、インスタントだけでも色んな種類のものが食べれそうです」
「だな。インスタント万歳」
「……だからといって、インスタントばかりはダメですからね」
じと、とこちらをみる雨空。目が本気だ。これもまあ、経験則だろうな。
「最近は自炊してるからな。あんまりインスタントは食ってない」
「自炊というか、わたしの作り置きを温めているだけでは……?」
「そうとも言う」
最近、雨空が来ない日は作り置きのものをレンジで温めて食べている。というか、雨空は週のほとんどをこの部屋に来ているので、そんなことも珍しい方なのだが。
「お前、ここに来すぎじゃないか? 俺は構わないんだが……」
そう言うと、雨空は微妙な表情をする。
「だって暇なんですよ……。大学の休みも2週間くらいで、帰省するには慌ただしくなりますし、かといってやることもないですし。なら先輩のところに行こうかな、と」
「……それもそうか」
大学生のこの時期の休みは他の学生と大して変わらない。むしろクリスマスまで講義がある分中学生や高校生よりも短い可能性もある。なんで?
「……ご迷惑でしたか?」
俺がくだらないことを考えていると、雨空が不安そうにこちらを覗き込む。
「いや、さっきも言ったけど別に構わねえよ。どうせ俺も暇だしな」
「なら、よかったです……!」
実際、雨空が来てくれる方が色々とありがたい。休みの間、誰とも会話しないとかになりかねないからな……。
ちらり、と時計を見ると、そろそろいい時間だ。
「さてと、そろそろ行くか」
「はい」
そう言って、俺と雨空はそれぞれコートを着る。
外へ出ると、冷たい風が肌を撫でる。
「「寒ぅ!」」
湯上りで外に出るんじゃなかった……!
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