第6話 約束のトレード
思考を見透かされ、行動パターンを把握され、ついに隠し事が出来なくなった俺なわけだが、それでなにかが変わるわけでもなく。
「さあ先輩、ケーキ食べましょう!」
そう言って、きらり、と瞳を輝かせた雨空の迅速な準備により目の前にはケーキと紅茶が準備されている。
「相変わらず、ケーキ好きだな」
「そうですね。見た目も可愛くて、甘くて美味しいわけですからね。好きにならない要素がないです」
「なるほどなあ」
そう言って、目の前に置かれたケーキを見る。光沢のある、普段見るものより数ランク上に見えるチョコレートケーキだ。
「……可愛い、か?」
わからない。これ、可愛いのか……?
「それは可愛いというより大人っぽい感じですかね。ほら、わたしのとか可愛くないですか?」
そう言って、すっ、と差し出された皿の上に載るのはいちごの大量に載ったショートケーキだ。
「……わからねえ」
「ええ!? ほら、このいちごの載り方とか、可愛いじゃないですか!?」
「いや、美味しそうだなあ、としか……」
「食い気しかないんですか……」
率直な感想を述べると、呆れたように雨空がそう言う。
「そもそも、食べ物の見た目に必要なのは美味しそうかどうかじゃないか?」
「そうですけど、それがさらに可愛かったり、オシャレだといいじゃないですか」
「そうか……?」
「そうです」
「そうですか……」
疑問に対し、強い意志で返されてしまった。敗北である。
「ま、まあそれはともかく、大切なのは味だからな、味。ほら、食おうぜ」
「む、まあいいです」
納得のいってなさそうな表情で、雨空はいちごをひとつフォークに刺して、口へと運ぶ。
「ん、美味しいです」
先ほどの不機嫌そうな顔から一転、次は満足そうに和らいでいる。
それを見て、俺も自分のケーキを食べる。
「うま!?」
なんだこれ!?
今まで食べてきたチョコレートケーキがなんだったのかわからなくなるくらいに美味いぞ!?
「これが本当のチョコレートケーキだったのか……」
チョコ要素の低いチョコクリームではなく、もはや溶かしたチョコのように濃厚な味と香りが舌を撫で、鼻腔をくすぐる。
「そんなに美味しいんですか?」
俺の反応に興味を持ったのか、雨空がそう聞いてくる。
「美味い。俺が食ってきたチョコレートケーキは多分偽物だ」
「そこまでですか!? それ超高級ケーキ食べたときの反応じゃないですか!? ……気になりますね。先輩、約束のひと口、ください」
「おう。びっくりするぞ」
そう言って、俺は皿を雨空の方へと差し出す。
が。
「あーん」
「!?」
雨空は、目を閉じて、口を開けた。
「……雨空? なにしてるんだ?」
混乱する俺に焦れたのか、雨空がむくれる。
「先輩、はやく食べさせてください」
「いや、はい、どうぞ?」
さらに皿を差し出すと、さらに雨空の頬が膨らむ。
「先輩、わたしが言った言葉、覚えてますか?」
「ひと口食べさせてくれって」
「はい、そうです。食べさせて、ください」
「え、そういう!?」
「はい、そういう、です」
「……マジ?」
「マジです。約束しましたからね。では仕切り直しです。あーん」
そう言って、またも目を閉じ口を開ける雨空。仕方ない、か……。
「……ほい」
「はむ……んっ……」
そう呟いて、雨空の口へとチョコレートケーキを入れる。誰も見ていないとはいえ、顔が熱い。それはもう恥ずかしい。
……こいつ、俺のフォーク普通に咥えやがった……。
俺が、どうしたものか、これ、そのまま使っても大丈夫か? などと考えている間に、雨空はチョコレートケーキを堪能している。
「おお……。美味しいですねこれ……。たしかにはじめて食べる濃厚さです……」
……これは不可抗力ってことで、フォークそのままでもいいですよね。いいです。
そう自分に言い訳をして、俺は自分のケーキを食べようとする。しかし、フォークをケーキに刺したところで、雨空のひとことでまた俺の動きが止まった。
「じゃあ、次は交代ですね。はい、先輩、あーん、です」
「……マジ?」
「マジです。要望通りいちごいっぱいです」
「いや、たしかにそうだけど、うん、なんだ、俺はいいから、な?」
ひとかけらのケーキに載せられた大量のいちごに、ここまで圧を感じることもないだろう。雨空の目がマジ。
「わたしだけ、なんていうのは不公平ですからね。はい、口開けてください」
「いや、別にいいから、な?」
「約束ですから。それに先輩が先にわたしにしたので、わたしもしないと、ですよね?」
「ええー……」
「はい、あーん、です」
ショートケーキの圧に耐えかねて、俺は諦めて口を開ける。そこに、ケーキが投入され、ふわり、と甘い香りが広がった。
なるべく、フォークに触れないように食べたつもりだ。……多少は許して欲しい。
「……どうです?」
「……美味い」
「……なら、よかったです」
あまりの恥ずかしさに逸らしていた視線を、ほんの少しだけ雨空に向ける。雨空は、正気に戻ったのか、顔を真っ赤にしていた。
「……恥ずかしいならなんでやった……」
「……やってみたかったんです……」
それからしばらく、俺たちは無言でケーキを食べた。
約束事の擦り合わせはしっかりしておこう。そう肝に銘じた。
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