第3話 すこーしだけ
まずは、ケーキ屋に向かう。
定期的に向かう、お高いケーキ屋である。ここポイントカードとかないんですかね……。あると結構溜まってそうなのだが。
「先輩先輩! あれ、あれ美味しそうです!」
明らかにテンションの上がった雨空が、ショーケースの中のケーキのひとつを指差す。
「ショートケーキか」
そう言って、奥を見ると──
「いや、あれショートケーキか?」
いちごの大量に乗ったケーキが所狭し、というには綺麗に並んでいる。
「ショートケーキって、こう、いちごがひとつだけ載っているものじゃないのか?」
「いやいや先輩、いちごが載っていればショートケーキですよ。……おそらく、ですけど」
「うわあ、信用ならねえ」
俺の言葉に、ふい、と目を逸らした雨空が呟く。
「……お店がショートケーキだといっているのでショートケーキです」
「……それは、たしかにそうかもしれない」
作り手がそう言ってしまえば、それはショートケーキだろう。いかに猫にしか見えない絵が描かれていても、描き手が犬だと言えばそれは犬だ、というのと同じだろう。……いや、それはないな?
「それはともかく、です。わたしはこれにしますけど、先輩はどうします?」
人差し指でショーケースの中のショートケーキをぴっ、と指差しながら、雨空が少し首を傾ける。
「あー、そうだな……。お、これにする」
ショーケースを眺めていると、ふとチョコレートケーキが目についた。光沢のある、高級感すら発している黒に、思わず惹かれてそれを選ぶ。
「お、美味しそうですね……」
俺の指差したチョコレートケーキを見て、雨空が微妙な顔をしている。
……食いたいんだろうな、この反応。
「……2個買うか?」
「だ、ダメです。明らかにカロリーオーバーになってしまうので……」
「そ、そうか……」
苦虫を噛み潰したような表情の雨空。体重や体型の維持は大変なのだなあ、と思いつつ、最近自分の腹が出てきた気がすることを思い出す。俺も、そろそろ生活習慣を改めなければ太るのだろうか……。
そんな恐ろしい想像に、体を震わせていると、雨空がぐい、とこっちに近寄る。
「先輩! 少し、すこーしだけ、ひと口でいいので、食べさせて貰えたりしませんか!?」
「え? いや、別に構わないが……」
食い気味の雨空に、押し切られる。そこまで食いたいのか。
上機嫌になった雨空は、手早くケーキを購入し、こちらへと戻ってくる。
そして、店外へと出ると、そこで雨空はなにかを思い出したように
「あ」
と、呟いた。
「もちろん、先輩にもショートケーキひと口食べさせてあげますからね。交換です」
「いちご多めで頼む」
「……ひと口ですからね」
「そのひと口にいちごを全部載せで頼む」
「ショートケーキのアイデンティティですよ!? いちごの載っていないショートケーキはショートケーキではないのでは!?」
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