第4話 俺でよければいくらでも
「おいひぃ……!」
タンを1枚口に運んだ雨空が、目を輝かせる。
そして、こくん、と飲み込んで、前のめりになった。
「美味しい! 美味しいですよ先輩! こんなに美味しいのははじめてです!」
目はキラキラしているし、今にも手を上下に振りそうなほど──いや、既に少し振っている──興奮しているようだ。
ここまで喜んでくれると、焼き甲斐もあるってものだ。……美味いのは俺の焼きの腕よりも肉の品質なので、美味さに関しては俺は何もしていないが。
「よーし好きなだけ食えよー」
次の肉が焼けるのを待つ雨空が、どこか犬のように見える。しっぽとか全力で振ってそうだな。
いい具合に焼けたタンを雨空の取り皿に載せてやる。すると、載せる側から1枚、また1枚と雨空は即座に箸を伸ばす。
「ん……おいひぃ……」
先ほどまでとは変わり、次は幸せそうに目を細め、少し上を向いている。それ、昇天するときの表情じゃないか?
「先輩って、焼くの上手ですよね」
自分の分のタンを食べ終えてから、雨空が言う。
「そうか? 別に普通だと思うんだが」
タンを焼き終えたので、次の肉へと移行する。適当にカルビとかでいいか。
「なんていうか、焼き加減がいい具合なんですよね。下手な人って焼きすぎることが多いんですよ」
「焦げたりカリカリになったり、か?」
網にカルビを載せる。さっきよりも激しく、じゅわぁぁぁ、と音がする。一気に肉の匂いが部屋に充満する。
「そうですそうです。焦げたりすると、やっぱりいくら炭火でも美味しくないんですよね……」
「まあわかる気はするが……。というか、そんなやつがいたのか?」
大学生はバーベキューが好きなので、そういうことに参加していると、焼きの下手な人間に会うこともあるのかもしれない。ちなみに俺は会ったことがない。バーベキューに参加しても焼いている時間の方が長いからだ。焼くのは楽しいな!
「はい、いたんです。……父が、そうだったので……」
「ああ……」
「それで、その割に焼きたがるんですよね……」
「……焼きたい気持ちだけはわかる」
「結果、我が家では焼き加減がいいところで自分から取りに行くスキルが必須でした」
「そういうゲームじゃねえか……」
焼き加減を見極めろ、みたいな。
「なので、前に焼肉したときにも思いましたけど、焼いてもらったお肉が美味しいのって新鮮だな、と」
「……俺でよければいくらでも焼いてやるからな」
なんだか可哀想に思えて、そう言ってから、取り皿に移しておいた俺の分のタンを食べる。やばいこれ美味い。やはりここの焼肉屋は最高だ。
「じゃあ、今後はお肉を焼くのは先輩にお任せすることにしますね」
「おう」
「一生」
「おう……おう? 今なんて言った?」
思わず、カルビの焼き加減を確認していた手が止まった。
「一生、先輩にお肉を焼くのはお任せします、と」
にこり、と笑う雨空。……どうやら本気のようだ。
「よ、よし、カルビいけそうだぞほら食え食え」
俺は、カルビを使って話を逸らす。
……まあ、肉を焼くくらい、別に構わないのだが。
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