第3話 食べ放題……じゃない!?

「雨空、食いたいものあるか?」


雨空が部屋へと入ってきて、俺は開口一番にそう言った。


「食べたいもの、ですか……?」


「おう」


むむ、と顎に手を当てつつ、雨空が唸る。


「そうですね……。お肉、食べたいです」


「肉か……なら、焼肉でいいか?」


「いいですね! 焼肉!」


きらん、と雨空の目が輝く。焼肉は老若男女問わずに好かれる、最強の料理なのだなあ。


「じゃあ、ちょっと早いけど行くか」


そう言って、準備をして、俺たちは部屋を出る。


「ちなみに、どこに行くんですか?」


「穴場の焼肉屋だ」


「穴場?」


雨空が、首をこてん、と傾げる、


「俺が前に偶然見つけたところなんだが、この辺りだと1番美味い」


大学周辺であるこの近辺には、ラーメン屋と同じく焼肉屋も需要が高いらしく、それなりの数の店舗がある。


それは、チェーン店だけではない。


特に、少し駅や大学から離れているところの店は、穴場のようになっている。そして、そういった店の方が、美味いのだ。


俺のイチオシの店は、大学や駅に向かう方向である、アパートから見て左方向ではなく、右方向、つまりは雨空のマンションのある側に存在している。


「こっちって、あんまり何もないですよね?」


「基本は、な。強いて言うならコンビニがあるってくらいだ。けど──」


「けど?」


「一軒だけ焼肉屋がある。そこが俺のお気に入りだ」


お気に入り、とはいっても、そこそこな値段がするので、ほとんど行くことはないのだが。


「よく見つけましたね……。ちなみに、さっき偶然見つけたって言ってましたけど、こっち側に来る用事があったんですか?」


「いや、大学生になってすぐくらいにこの辺を散歩してたら見つけた」


「本当に偶然ですね……」


「わざわざこっちに来ることなんてないからな。マジの偶然だ。……っと、あれだ」


まっすぐ歩き、一度だけ曲がったら、目的の店が見える。


1階がラーメン屋で、2階が焼肉屋という奇妙な組み合わせの建物に、その焼肉屋は入っている。ちなみに、1階のラーメン屋は不味い。


ラーメン屋の入り口の隣にある階段を上ると、焼肉屋の入り口がある。


中に入ると、時間的にもまだ空いていたようで、待ち時間なしで個室へと通される。


「ほい、メニューな」


「あ、ありがとうございます」


メニューを手渡すと、そう言って雨空は受け取って、値段を見て──


「た、高い!?」


と、悲鳴にも近い声を上げた。


「だろ? 俺もはじめて来たときはびっくりした」


「い、いや、先輩、これはちょっと高すぎる気が……」


口角を引きつらせている雨空に、昔の俺と同じ反応をしているなあ、と思いながら、否定をする。


「それがそうでもないぞ。食べ放題に慣れすぎているだけだ。食べ放題がないところはこのくらいが普通だ」


「そ、そうなんですか……?」


「……多分」


「多分!?」


「いや、俺もこの辺りの店しか知らないからな……」


雨空が田舎者で、食べ放題しか知らないのと同じく、俺も田舎者で食べ放題しか知らなかったのだ。本当にこれが相場かは知らない。


未だ表情の変わらない雨空から俺はメニューを預かり、広げる。


「とりあえず頼むぞ。どれが食いたい?」


「え、ええと、まずはタンを……」


「定番だな。あとはカルビとロース、ハラミでいいか?」


「はい」


雨空の確認を得て、俺はタブレットで注文をする。それぞれ2人前だ。適当にドリンクも頼んでおく。


程なくして、飲み物と、肉が運ばれてくる。


「よし、準備も整ったな」


網が暖まったのを確認して、俺はグラスを持った。


「誕生日おめでとう」


「ありがとうございます」


カン、とグラスをぶつける。


ぐい、とグラスをあおると、口の中に炭酸が広がった。ちなみに、飲み物はどちらもコーラだ。


「じゃあ焼くから、好きに食ってくれ」


「いいんですか?」


「おう、今日は雨空が主役だ。それに──」


トングを持って、網に牛脂を軽く塗り、そしてタンを載せる。


「俺、肉焼くの好きなんだよ」


じゅう、と軽い音がした。


それと共に、くすくすと雨空が笑う。


「じゃあ、今日は先輩にお任せしますね」


「おう、任せとけ」


俺は、網にタンをさらに載せた。

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