第10章 9月8日
第1話 待ちに待ったアレ
セミの鳴き声だけが聞こえなくなったものの、まだそれなりの暑さが体力を奪う9月。
夏休みが終わり、大学の講義がはじまるまでもう間もなくといったところなのだが、我が家に巣食う悪魔、そうめんの山は一向に減る気配を見せていなかった。
いや、減ってはいるのだが、あまりに多いせいか、減っている気がしないのだ。
そうめんを食べはじめて、早1ヶ月。
雨空の工夫がありつつも、さすがにそろそろ飽きが来ていた。
それでも、なんとか消費しようとする雨空は、冷蔵庫を開けて、しゃがみ込んで食材を確認している。
「……あれ? 先輩、お肉買いました?」
買い足した覚えがないのだろう。雨空が、困惑気味に俺へと問いかけてくる。
それに答えようとした瞬間、ピンポーン、とインターホンが鳴った。
立ち上がる雨空を制し、俺は玄関へと向かった。
ついに、来た。
ついに来たのだ。
散々服を買うのに付き合わされた日の夜、雨空のマンションから帰宅する間に買ったアレが──!
宅配を受け取り、箱を開ける。
「ふ、ふはははは! 来た! 待ってたんだこれを!」
「? 何が来たんですか?」
そう言って、雨空が箱の中を覗き込む。そこにあるのは──
「焼肉用プレートだ!」
それは、小型のホットプレートのような、たこ焼き機のような、微妙なサイズの丸い鉄板のついた機械だ。焼肉以外では絶対に使えない形状をした、焼肉をするためだけの機械。
これを買った理由など、考える必要もなく、ただひとつ。
「雨空、今日は焼肉だ」
そう、焼肉がしたい。それだけだ。
そろそろ、そうめんにも飽きてきた。肉が食いたい。
工夫して、そうめんを消費しようと頑張ってくれている雨空を裏切るような形にはなってしまうが、そう思ってしまったからには、仕方ない。そう、仕方ないのだ。
恐らく、かつてないほどに強い表情をしている俺に対して、雨空は冷蔵庫から何かを取り出す。
「もしかして、その為にこのお肉、買っておいたんですか?」
そう言って、冷蔵庫にあった肉を俺に見せる。
「そうだ。そろそろ、普通に肉が食いたい」
「まあ、その気持ちはよくわかります。けど、その焼肉の機械、いります?」
微妙なものを見る目で焼肉用プレートを見ながら、そんなことを言う雨空。それに対し、俺は強い意志で反論していく。
「いるに決まってるだろ。これで焼肉することに意味があるんだよ。バーベキューで食う肉が美味いのと同じで、焼肉用プレートで食う肉も美味いに決まってる。大切なのはシチュエーションだ」
ぐっ、と拳を握る俺に、雨空は呆れた表情で、
「何言ってるかわかりません。バーベキューのお肉が美味しいのは炭火だからだと思います」
などと、正論を言ってくる。その通りだと思います。
「そ、それはともかく、つまりだな、焼肉を美味しく食べる為にはそれ相応の道具も必要じゃないかってことだ!」
そんなさらによくわからない事を言い出す俺を見て、ため息を吐きながら。
「……まあ、買ってしまったならいいです。お肉もありますし、せっかくですし、今日はプチバーベキューにしましょうか」
雨空のその一言で、俺は久しぶりにそうめんから解放され、肉へと有り付けることとなった。
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