エピローグ 慣れと裏切り?
夕飯の冷うどん風そうめんを食べ、しばらくしてから。
俺は、雨空を送るために、アパートから出て、道を歩いていた。
「まったく……お前、買いすぎだろ……」
そう言う俺の両手には、わさっ、と複数の紙袋が握られている。
「久しぶりに服を買いに出たもので……つい」
そう言いながら、雨空は、呆れる俺に満足そうに笑う。
「それにしてもこの量はおかしいだろ」
「そんなことないですよ。シーズン毎に服を大量購入するのはよくあることです」
「ねえよ。一年前の服でそのままいける」
その言葉に、エントランスに入るべくキーを端末にかざしながら、雨空が反論する。
「いけません。というか、わたし引っ越しのときにほとんど服持ってきてないのでどっちにしろ買わないといけなかったんですよ。田舎だったせいで可愛い服もあんまり売ってなかったですし、ちょうどよかったんですけど」
「あー……それはまあ、わからんでもない」
開いた自動ドアを潜り抜け、エレベーターへと向かいながら、ふと思い出す。
俺も、ほとんど実家から服を持ってこなかったので、1年目は服を買うことが多かった気がする。
雨空のように大量に買うことはなかったが。
エレベーターへと乗り込むのに少し苦労しながら、そのまま雨空の部屋へと向かう。
雨空が、鍵を差し込み、ドアを開ける。
「どうぞ」
「おう……なんか、これも普通になってきたな」
あれだけ雨空の部屋に上がることを避けていたはずなのだが、いつの間にか一切の抵抗が無くなっていた。
いまだに少しの緊張はあるのだが、これはいつまで経っても克服できる気はしない。
女の子の部屋特有の甘い香りは、どうしてもドキドキしてしまうのだ。
「着々と、先輩を落とせてる証拠ですね」
そんなことを、悪戯っぽく笑いながら雨空が言う。
「……何言ってんだ。じゃ、俺は帰るから、戸締りしっかりしとけよ」
どきり、としたことを気づかれないように、素知らぬ顔でそう言って、くるり、と踵を返す。
「おやすみなさい、先輩」
「……おう、おやすみ」
背中にかけられた言葉にそう返して、ドアの閉まる音と鍵のかかる音を聞きながら、俺はエレベーターへと向かった。
まったく、油断も隙もない。ある意味、心臓に悪い。
そんなことを思いながら、俺はスマホでアプリを起動した。
「……そろそろ限界だ」
そう言って、俺は画面を操作する。
そこに映っているのは、ある意味、雨空への裏切りと言えるものだろう。
そうわかっていながら、いや、そうわかっているからこそ、思わず、声が漏れる。
その笑い声は、誰にも聞かれることなく澄んだ夜空へと小さく消えていった。
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