第2話 焼肉は正義
「窓開けよし、洗濯物退避よし、プレート準備よし」
ぴっぴっぴっ、と指差し確認。焼肉は匂いが強いため、窓を開けることとなるべく布類を別室に置いておくことが重要だ。これを怠るとしばらく部屋や服から焼肉の匂いが取れない。それはもう大変な目に合うので、気をつけてほしい。
「よし、はじめるぞ」
「はい」
一人暮らしの大学生の部屋には、残念ながらトングはない。
代わりに菜箸で肉を掴み、熱したプレートの上へ。
ジュッ、という音の後に、油が弾け、肉の焼ける音がする。立ち上るのはストレートな肉の匂い。
「匂いが美味い」
「わかります。空気が美味しい気もします」
「わかる」
そんなことを言いながら、互いにプレートへと肉を載せる。載せる。載せる。
一枚、また一枚と載せるたびに、弾ける音と立ち上る香り。それが、胃袋を刺激する。
最高だ。
「お、そろそろいけるか?」
ぺいっ、とひっくり返すと、綺麗に焼き目がついていた。
「焼肉ってさ、なんか焼くのも楽しいよな」
そう言いながら、端から肉をひっくり返していく。
「そうですか?」
雨空も、同じようにひっくり返しながら、ちょこっと首を傾ける。
「なんでかはわからねえんだけど、なんか楽しいんだよな」
「……そういえば、昔バーベキューのとき、わたしもなぜか焼きたいって言ってた気がしますね」
「あ、俺もそう言ってたわ。今でも変わってないけど。……あれ? もしかして俺、子供の頃からあんまり成長してないのか?」
理由もなく肉を焼きたいと思うのって子供の心理なのか?
「うーん、どうなんでしょう。わたしの場合、今は料理をするようになったので、あんまり特別感がないからかもしれませんね。お店で焼くのならまた違うかもしれませんけど」
「なるほど、たしかに俺はほとんど料理しないしな。あと店のは多分値段と肉の種類の問題だと思うぞ。普段食わない肉も多いし」
カルビはともかく、家であまり食べられない肉も手軽に食べられるのが焼肉屋のいいところだ。まあ、尋常じゃないくらいに高く、決して気軽とはいえない店も多々あるが。
「……そろそろいけそうだな」
「ですね」
互いに、自分の焼いた肉を、焼肉のタレを事前に入れておいた小皿へと移す。
しっかりとタレをつけて、ぱくり、と一口で食べる。
広がるは肉の香り。甘く、それでいてピリッとしたタレの味とガツンとした肉の油の味が暴力的なまでに舌を襲う。
「うま!」
「おいひぃ……」
対面で同じように肉を食べた雨空は、幸せそうに目を細めている。
焼肉は人を幸せにするようだ。
「やっぱり肉だよな……。肉は最高だ……」
「そうですね……。お肉は最高です……」
そう呟いて、俺たちは黙々と肉を焼き、食う。
焼いて、食って。焼いて、食って。焼いて、食って。
あっという間に、肉が減り続ける。
焼肉、ずっと食える気がする。
もう何枚目になるかわからない肉を口に放り込もうとすると、唐突に手を止められた。
「なんだよ。俺は肉を食うんだ」
「先輩、そろそろ野菜も食べましょうか」
そうして指差されるのは、葉っぱだ。
「レタスか……」
「普通のレタスじゃないですけどね。サンチュって言うらしいですよ」
「ほーん。ま、俺は食わないし関係ないか」
隙を見て肉を口に放り込む。
「あっ! さすがにお肉だけはダメなので野菜も食べてください! ほらお肉に巻いて!」
そう言って、雨空が肉を巻いたサンチュを手渡してくる。
「やだよ味薄れるじゃねえか。それに濡れてるからタレ流れるし」
「誤差です誤差。先輩そんなに繊細な舌してないじゃないですか。ほら、食べてください! それともあーんした方がいいですか!? あーん!」
ぐいぐいぐい、と押し付けてくる。
「わかったやめろ食う食うから!」
押し付けられるサンチュに巻かれた肉を、受け取りそのまま口へ。
「やっぱり味薄くなってるな」
「だから誤差ですってば」
そう言いながら、雨空は自分の分を巻いている。
「俺はサラダにして食うわ。それでいいか?」
「まあ、食べるならなんでもいいですよ」
「そこへのこだわりはないのか……」
皿とドレッシングを台所へと取りに行き、机へと戻る。
もはやただのレタス扱いのサンチュをもしゃもしゃと食みながら、片手間に肉を焼いていく。
「今度は外でバーベキューしたいですね。お肉だけじゃなくて、フランクフルトとか、とうもろこしとか、色々焼いて」
「だな。焼きおにぎりとかも美味いぞ」
「わあ、いいですね。色々持っていってやるのも楽しそうですね!」
雨空は、楽しげに、色々と焼けそうなものを羅列していく。
「その量、2人で食うには限界あるぞ……。あ、あと忘れちゃいけないのは、締めの焼きそばだな」
なぜか、バーベキューのシメには肉じゃなくて焼きそばのイメージがある。というか、いつでも締めに麺類が選ばれるのは、なぜなのだろうか。
そんな、美味しいから以外の答えのなさそうな疑問を浮かべていると、雨空がニヤリ、と笑った。
「締めの焼きそば、今日も出来ますよ?」
「……マジで?」
肉を入れたときには、冷蔵庫には麺は無かった気がするのだが……。
そう思い、雨空をもう一度見ると、得意げながら、どこか嫌な予感がする、そんな笑みを浮かべていた。
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