第4話 世話好き後輩本領発揮

「ほんとすまん……」


「気にしないでください。病人に無理はさせられませんから」


倒れた先輩は、決して意識がなかったわけではなく、ただ身体に力が入らなかっただけだったらしい。


とはいえ、そんな状態の人を置いていくわけにもいかず。


わたしは、なぜか看病をしていた。


今、先輩はベッドの中へ。わたしは簡単なお粥を作る。つもりだったのだけれど。


「な、何もない……」


調味料とインスタント食品以外は一切ない。食材がない。これが大学生……。


食材がないならお粥が作れるはずもなく。


となれば食材を確保するしかない。


「あの、わたし、一度家に帰るのでそのまま安静にしていてください」


そう声をかけると、先輩は目を開いて


「いや、もう大丈夫だから。あとは自分でなんとかする。迷惑かけて悪かった」


そう言って、体を起こそうとする。


「安静にって言ってるじゃないですか。それに、インスタントだけだと治るものも治りません。乗り掛かった船、じゃないですけど、見てしまったので最後まで見ます。……というか、このままだと先輩、死にそうなので……」


「そこまでか……。まあ、そう言うなら悪いけどもう少しだけ、頼んでもいいか?」


「はい、とりあえず先輩は寝ててください」


「わかった」


先輩がベッドに横になるのを見届けて、わたしは部屋を出て、自分の家へと戻る。


お米と卵があれば、あとの調味料は揃っていたのを確認したので、十分だろう。


ぽい、と鞄をリビングに投げて、また先輩の部屋へと戻る。


さっと作ったお粥を持って、先輩のベッドまで移動すると、先輩が目を開く。


「いい匂いがする……」


「お粥です。熱いので気をつけて食べてください」


「ありがとう……いただきます」


そう言って、先輩がお粥を食べている間に、ちらりと部屋を見渡す。


至るところに、服や本、プリントが乱雑に置かれている。


……うん、汚い。


この人は、相当ダメなタイプの人なんじゃないだろうか。


ここまで散らかることってあるの……?


まあ、この部屋がどれだけ酷い状況だとしても、わたしがやることは何もないけれど。


……でも、気になる……!


自称綺麗好きとしては、この状態は我慢ならない。


だが、あくまで人の部屋。わたしはただの後輩。耐えて……。


「ごちそうさま。美味かった」


そんなことを考えていると、先輩が食べ終わったらしい。


「それはよかったです。なら、あとは寝ていてください」


「おう」


そう言って、また先輩は眠りについた。


わたしはお皿を洗い、少しだけ、少しだけ台所周りを綺麗にした。


……どうしても気になったので……。


別に物を動かしたり捨てたりしたわけじゃないしいいかなって……。


そんな自分への言い訳をしていると、傾いた太陽が窓から見えた。


どうやら、集中していたらしい。そこそこ時間が経っている。


ぼうっと窓から差し込む夕日を眺めていると、リビングの方からもそもそと音が聞こえる。


「あ、おはようございます」


「ああ、おはよう……今日は悪かった。今度何か奢らせてくれ」


「え、別にいいですよ」


「いや、さすがに何もしないのはちょっと……」


「普段からお世話になっているので、そのお返しということで」


「いや、あれは俺の仕事だから。それとは別にお礼をさせてくれ」


「……まあ、じゃあ、お願いします」


「おう」


あんまり断りすぎるのもよくないし、この辺りで折れておこう。別に、対価が欲しくてやったことではないのだけれど。


「それで、身体の調子はどうですか?」


「ああ、大丈夫だ。だいぶ楽になった。ありがとな」


「ならよかったです。お粥、まだ残りがあるのでよかったら食べてください」


「おう。最近外食かインスタントだからありがたい」


……今、なんと?


「外食と、インスタントだけ……?」


「ん? ああ、昔は自炊もしてみたんだが続かなくてな」


「……だからでは?」


「え?」


「……だから、体調を崩したのでは?」


「いや、さすがにそんなことは……」


「あります。原因のひとつです。……頑張って自炊してください」


「え、あ、はい」


なぜか微妙な表情の先輩に釘を刺す。……きっと、この人は自炊をしないのだろうけど。


「……それでは、わたしはこれで。なにかあれば、連絡してください。近くなのですぐ来ますので」


そう言って、わたしは先輩と連絡先を交換する。


「わかった。もう大丈夫だとは思うけどな。本当に、今日はありがとな」


「はい、ではまた」


「ああ」


そうして、わたしは部屋から出る。


まだ夕方からは少し肌寒い。


コツコツと音を鳴らしながら階段を降り、隣のわたしが住むマンションへと向かう。


振り返り、ちらり、と先輩の部屋を見て、ひとつ思う。


次に会うときに、自炊しているか聞いてみよう、と。

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