第5話 こだわり解き明かし
実家に着いて数日。
法事を終え、暇を持て余したわたしは、散歩に出ていた。
じりじりと照りつける太陽が、肌を焦がす。
日焼け止めをしっかり塗ったとはいえ、あまり長く外を出歩くのはやめておこう。
こんがり茶色になって帰りたくはない。
「……暇だなぁ」
見渡す限りに広がるのは、茶色と緑。田畑だ。
その奥には深い緑色に覆われた山と、雲ひとつない快晴の空が広がっている。
ふと、先輩が帰省したときのことを思い出し、スマホを取り出す。暇なときは電話だ。
そして、慣れた手つきで操作し、先輩へと電話をかける。
どうせ、暇に任せて自室でゴロゴロしているのだろう。夏の先輩の居場所である大学は、残念ながらお盆期間は閉まっているのだ。
数コール後に、蒸し焼きにされているであろう先輩が、電話に出る。
『どうした』
ただただ怠そうな声が、スマホ越しに聞こえる。
「いえ、暇だったので。先輩も暇かな、と」
『……寝てたんだが。そんな理由で俺は起こされたのか』
「今何時だと思ってるんです? 夕方ですよ? 3時ですよ?」
『昼の範疇だよ。つか、暑すぎてやる気出ねえから寝るしかねえんだよ』
目が覚めてきたのか、先輩の声が少しずつはっきりとしてくる。
「それ、水分不足になりやすいんでしっかり水分補給してくださいね」
『おう』
「で、です。先輩、覚えてますか?」
『何を?』
「先輩が帰省したときの電話を、です」
『……なんだっけ』
しばらく考えるように間が空いて、先輩がそう答えた。
「あー……やっぱり忘れてますか。そんな気はしてましたけど」
『で、なんだっけ?』
「実況しましたよね?」
先輩から何が見えているかを話してもらったアレだ。
『……そういえばしたな』
「あれでもやろうかと」
『……いや、あれ面白くなかったからすぐにやめたじゃねえか』
「……たしかに」
そういえば、そうだった。
あまりにも暇で、特に何も考えずに電話をかけたことが裏目に出た。
『で、他にはなんか用があんのか?』
「え、ええと……。あ! あれです! わたしは今どんな服を着てるでしょうか!?」
あのときもこの話に変えたのを思い出し、話題を変更する。
『またか……。あー、ピンクのTシャツ?』
適当さ全開で答える先輩。それ、前のときにわたしが着てた服じゃないですか。
「違います。というか部屋着で外には出ませんよ……。今日は珍しく、白のワンピースです」
そう言うと、先輩はなぜか食いついてきた。
『ワンピース? しかも白? それ実在するのか?』
「実在するのかって……どういうことですか?」
なぜそこまで食いつくのかがわからない。そもそも白いワンピースが実在しないってどういうことですか……。
『いや、白ワンピースって漫画とかアニメとかでしか見たことなかったから。へえ、それ着るやついたのか。麦わら帽子は?』
「んな!? なんですかその実際に白ワンピース着るやついたんだ……へぇ……やば……。みたいなの! もしかして引いてます!?」
『いや引いてねえよ。普通に見たことなかったからびっくりしただけだ。……ちょっと見てみたいな』
わたしの返答の勢いの方に少し引きながら、先輩はなにかをボソリ、と小声で付け加えた。
「今、なんて言ったんです?」
そう聞き返すと、
『……なんでもねえよ』
と、なんでも有り気な返事がくる。
もう一度言うつもりはないらしい。いったい何と言っていたのだろう。
……まあ、聞こえていたのだけれど。
「先輩がしっかりわたしに着てほしいって言ってくれたら、今度着てあげます」
『なっ!? おま、聞こえてんじゃねえか!』
スマホの向こうで慌てている先輩が、目に浮かんだ。
「前に言ってた白のTシャツと、白のワンピース。先輩って白の服好きなんですか?」
少し気になって、そう聞いてみる。
『いや、別にそういうわけでもない』
「本当ですかー?」
『いや、本当だ。あんまりその辺りの好みはない』
なるほど。しかし、服の好みのない人間など、この世にいないはずだ。だから、わたしは──
「……ふむ、先輩の好みを解き明かす必要がありそうですね」
そう、知る必要があるのだ。先輩の、服の好みを。
『なにそれ怖い』
「ふっふっふ……覚悟してください、先輩。洗いざらい吐いてもらいます」
『嫌なんだが!?』
そう叫ぶ先輩を、電話で尋問すること数時間。
その聞き取りは、赤々と輝く夕陽が沈みはじめるまで続いたが、あまり成果を得られなかった。
それどころか、なぜか先輩は、わたしが麦わら帽子をかぶっているのかどうかに強くこだわった。かぶっていないと言ったら、なぜかダメ出しされた。なぜ……?
そんなわけで、わたしは得るものを得られなかった。
ゆえに。
ここに、帰ったらあらゆる手段で先輩の好みを解き明かすことを表明しておく。
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