第2話 非日常と部屋当て勝負
カタカタと風が窓を揺らす。隙間風がいつもより強く、台風がじわり、じわりと近づいていることを実感させていた。
だからと言って、やることは普段と変わらない。台風が到来してしまえば、あとはやれることなどないのだから、休日さながらに惰眠を貪り、遊び倒すのだ。
ひとまず惰眠を貪り尽くし、午後3時半を越えるまで寝続けた俺は、次の段階、遊びに移行していた。
「さて、どれからしようか……」
そんな独り言を漏らしながら、俺は適当なソシャゲを開いた。
有名な弾いて飛ばす某ゲームだ。
スタミナが無くなると、次のゲームへ。また無くなれば次のゲームへと巡回していく。
面白いのか、と言われれば微妙なラインのゲームも惰性と暇に任せてぽちぽちしていると、てけてけ間抜けな電子音と共に、コール画面が表示される。映る文字は『雨空 蒼衣』。
「おう、どうした」
『あ、先輩。暇ですか? というかノータイムで出てますし暇ですよね』
決めつけはやめろよ。合ってるけど。
「まあそうだな」
『ではそんな暇な先輩にわたしからのお願いです』
「お願い?」
台風の来ていることタイミングで。いったいどんなお願いなのか、見当がつかない。
『はい、お願いです』
「なんだよ」
『ちょっと困ったことになってるので、わたしの家に来て欲しいんです』
返ってきたお願いの内容が予想外すぎて、俺は一瞬呆けた後に、やっと声が出た。
「は? お前今風めっちゃ強いぞ? なのに今から?」
『はい。まだ本格的に暴風域じゃないですし、大丈夫ですよ。……多分』
「今多分っつったな。……まあいい、今から行く」
『はい、お願いします。あ、あと携帯の充電器だけは持ってきてくださいね。では、お待ちしてますので』
「充電器? なんで……って、切りやがった……」
雨空は、自分の要件だけ言って、通話を切った。
充電器がなぜいるのかはわからないが、持ってこいと言われたからには持っていくしかない。俺は、コンセントから伸ばしたマルチタップに繋がれた充電器を引っこ抜き、適当にポケットへと突っ込む。そして、財布を別のポケットへと乱雑にねじ込んで部屋を出た。
鍵を閉めようと、鍵を差し込むと同時に強い風が吹きつけてくる。風に混じった雨が、冷たく肌を濡らす。
「さっさと行くか……」
呟くが早いか、俺は回した鍵を抜き、古びた階段を降りる。
雨空のマンションはすぐ隣で、歩いて30秒、走れば15秒とかからない。
雨と風に阻まれつつ、マンションのエントランスへ駆け込む。
雨空の住むマンションはオートロックらしく、入り口にはインターホンがある。
そこで、重大なことに気がついた。
「俺、あいつの部屋番号知らないぞ……?」
そう、部屋番号がわからないのだ。
このタイプのインターホンは、部屋番号を押した後に呼び出しボタンを押すことで、ようやく相手へと繋がる。
つまりは、部屋番号がわからなければ呼び出しは出来ないということだ。
まあ、わからないからどうしたというわけでもないのだが。
文明の利器、スマートフォンの画面を叩き、雨空へと電話をかける。
『はい、どうしました?』
雨空は、ワンコールで出た。
「どうしましたじゃねえよ。俺お前の部屋番号知らない。入れない」
『あれ、そういえばたしかに言ってませんね。もう下にいます?』
「おう、とりあえず部屋番号教えてくれ」
これで入れる、と思ったのだが。
『迎えに行くのでちょっと待っててください』
「いや、別にいいぞ。さすがに部屋番号がわかれば辿り着ける」
『いえ、ここちょっとわかりにくいので。すぐ行くので待っててください』
「お、おう……」
プツリ、と音がして、通話が切れた。
俺、方向音痴ではないんだが……。それともあれか。「先輩には部屋番号教えたくありません。なにされるかわかりませんし」的なあれか。
そんなことを考えているうちに、雨空が自動ドアの奥にあるエレベーターから出てくるのが見えた。
雨空が自動ドアへと近づくと、扉が開く。
「お待たせしました。こっちです」
「おう。なんかもはやよくわからんが、まあいい。だが」
「だが、なんです?」
「俺、さすがにマンションで迷うほどの方向音痴じゃねえぞ?」
眉をひそめてそう言うと、雨空は人差し指をぴん、と立てながら
「ああ、その事ですか。なら先輩、わたしの部屋に一切ミスなく辿り着けるか勝負します? 先輩がミスなく辿り着いたら先輩の勝ち、一度でも迷ったらわたしの勝ち、ということで」
と、勝負を提案してきた。
マンションの部屋程度、さすがにわかる。エレベーターを降りたところに案内表示あるし。
だから俺は、もちろん勝負に乗ることにした。
「いいぜ、勝った方の賞品は?」
「うーん……では、なんでもひとつ命令できる権利で」
「思ったよりデカいのがきたな……。いいのか? なんでもとか言っちゃって」
「大丈夫ですよ。だって確実にわたしが勝ちますし」
自信満々、というよりも、さも当然のように言う雨空。
逆に不安になるが、まあなんとでもなるだろう。そう思い、俺は
「その余裕が最後まで続くと思うなよ」
なんて、言ってしまった。
この言葉を、俺はこの後数分で後悔することになる。
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