第4話 海鮮丼と旅行の話
「さて、そろそろ夕飯にしましょうか」
買い物から帰ってしばらくしてから。雨空はそう言って、エプロンを取って台所へと向かった。彼女が台所に立つ光景も、見慣れたものだ。見慣れたところで、台所に立つ女の子、というのは変わらず魅力的ではあるのだが。
そんな馬鹿なことを考えている間にも、雨空の調理は手際よく進んでいった。
「出来ましたよー」
15分ほどした頃、雨空がそう言って、テーブルへと運んでくる。
「おお、結構本格的に見えるな」
「そうでしょうそうでしょう。乗せるだけでそれっぽく見えるので」
先ほど買ったマグロ、サーモン、イクラを贅沢に使った海鮮丼は、専門店には敵わないが、駅前にある丼チェーン店よりかは遥かに高い完成度を誇っていた。
その海鮮丼と共にあるのは、麩の味噌汁だ。
「じゃ、いただきます」
「はい、どうぞ」
言うが早いか、ひと口分掻き込む。
「やっぱうめえわ。海鮮丼最高」
これ以上の言葉は不要だろう。海鮮丼は正義。
ひと口運んだ雨空が、ふと思い立ったように、飲み込んでからこちらを見る。
「ですね。そういえば、先輩って外で海鮮丼食べたことあります?」
そう言うと、雨空はまたひと口頬張った。
「あるぞ。駅前の丼チェーン店で一回。あと高校の修学旅行で行った北海道で一回」
「北海道! いいですね、わたしも食べてみたいです」
「そういう雨空は? 外で食ったことねえの?」
「はい、外食のときでも海鮮丼は食べませんでしたし、修学旅行は中学も高校も沖縄だったので」
「なるほどなあ。俺も中学の修学旅行は沖縄だった。いいところだよな、沖縄」
「はい、海も綺麗で穏やかなところでした。北海道はどうなんですか?」
味噌汁を飲みつつ、思い出してみる。北海道、北海道か……。
「寒い」
「それはわかってますよ」
「いや、思ってる以上に寒いからな。想像より余裕で寒い」
「どれくらいですか?」
「月がひと月はずれてると思った方がいいくらいには」
修学旅行は9月にあったのだが、まだ暑いだろうと思い、適当に夏服を詰めた結果、長袖がなくて寒かったことが印象に残っていた。
「へえ……。それで、食べ物はどうです?」
「めっちゃ美味い。海鮮マジやばい」
「語彙力死んでますよ。……やっぱり美味しいんですねえ。いいなぁ、わたしも行ってみたいなあ」
「いいところだぞ。おすすめする」
そう言うと、雨空は半目になり、
「……先輩、ここはじゃあ一緒に行くかって言うところですよ」
と不服そうに少しだけ頬を膨らませた。
「友達と行け友達と」
「……先輩は、わたしと旅行に行くの、嫌なんですか?」
さっきまでとは一転。上目遣いだ。
意識してやっているのか、意識していないのかはわからないが、これはずるい。
「そんなことは、ねえよ」
「なら、今度どこか行きましょう! 別に北海道じゃなくてもいいので」
「日帰りな」
「……まあいいです。約束ですからね」
「わかったわかった。夏休みくらいに、な。どっか行きたいとこ、考えといてくれ」
「! はい!」
そんなわけで、なぜか雨空とのプチ旅行の約束が出来てしまった。
……俺も楽しみだと思ったことは、内緒にしておくことにしよう。
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