第2話 後輩と通学とアイス

「先輩、寝癖つきっぱなしじゃないですか」


「時間が足りなかったのと俺の髪が悪い、仕方ない」


寝癖との激闘の末、あっさり敗北した俺は雨空と共に大学へと向かっていた。肩には中身のないトートバッグが掛かっている。


「寝癖を直す時間込みで早めに起きるんですよ。先輩はギリギリまで寝すぎなんです」


その雨空の言葉を聞いて、ふと気になったことを口にしてみる。


「なあ、お前いつも何時に起きてんの?」


素朴な疑問だった。雨空は、俺を起こしにくるときにはもう身支度は完璧なのだ。女の子は色々時間がかかるとも聞いたことがある。


「講義の時間によりますけど、今日は7時くらいですね」


「はっや。眠くならねえの?」


俺より1時間半も前だ。


「夜しっかり寝てますから。先輩みたいに深夜まで遊んでたりしませんし」


夜更かしはお肌の大敵です、と人差し指をぴん、と立てながら付け加える。


「逆に夜遊ぶ以外にいつ遊ぶんだよ」


「朝とかお昼とかですよ。夜は寝る時間です」


「小学生か」


このままだと早寝早起き朝ごはんとか言い出しそう。ちなみに、雨空は朝食を食べるらしい。完全に標語のそれだ。


「健康的な生活を送る人間ですよ」


「まるで俺が人間じゃないみたいに言うんじゃねえよ」


「揚げ足取らないでください」


雨空がぷくり、と軽く頬を膨らませる。


「それはそうと、最近暑くなってきたな……」


大学に面した道路の交差点で、赤信号に先を阻まれ立ち止まった俺は、額に滲む汗を拭う。


「夏が近づいてきてますからね。そろそろアイスが美味しい季節です」


「アイスは年中美味いと思うんだけど」


アイスは、春夏秋冬いつでも異なる美味しさを感じることが出来ると思う。


「それでも、やっぱり暑いときに食べる冷たいアイスは格別じゃないですか」


目の前の信号が青になり、雨空が歩き始めながら言った。濁流のように押し寄せる一限参加の大学生に押し出されるように、俺も歩き出す。


「それに対抗できるのはやっぱり冬に食べるアイスだな。しっかり暖房の効いた部屋で食うアイスはマジで美味い」


「あれは冬にあったかい部屋で冷たいものを食べる背徳感が美味しさを倍増させてる気がします」


「わかる。夏の暑さと同じ食べるときの環境枠だな」


「……アイス食べたくなってきました……。あ、わたしここなので」


ぴっ、と雨空が背の高い建物を指差す。正門から最も近い、縦長で幅のない講義室のある建物だ。名前はなんかややこしい感じだった気がする。どれがどれかわからなくなるからもっとわかりやすくしろよ。


「ん、じゃまた」


「はい、また」


そう言って、雨空と別れ、俺もゼミのある講義室、もとい教授の研究室へと向かう。


……あそこ、正門から遠いんだよなあ。


照りつける太陽が、さっきよりも暑く感じる。帰りにアイスを買って帰ろう。必ず。

そう強く思った。

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