第3話 後輩の作る夕食

「出来ましたよ」


そんな声が聞こえ、浅い眠りについていたことに気付いた。


「あ、また寝てたんですか」


テーブル越しに呆れるように俺を見下ろす雨空の両手には、皿がある。

それに気づくと、部屋に漂う香りを遅れて嗅覚が知覚する。


「さすがに眠くてな……。で、この匂い……肉?」


「あってますけどもうちょっと絞りましょうよ……。今日は生姜焼きです」


身体を起こし、テーブルへ向いて座ると、ことり、と前に皿が置かれた。

今日のメニューは白米、豆腐の味噌汁、生姜焼き、サラダのようだ。


「今日も美味そう。いただきます」


「はい、どうぞ」


まずは生姜焼きを口に運ぶ。


「うむ、シンプルに美味い」


「そうでしょうそうでしょう。生姜焼きは簡単で素早く出来る、その上美味しいという、主婦の味方なのです」


ふふん、と自慢げに胸を張り、雨空も生姜焼きを頬張った。お前主婦じゃないだろ。


「お、今日のはいい感じの味付けですね。成功です」


「生姜焼きに失敗とかあんの?」


「もちろんありますよ。失敗と言うよりは味が微妙って言う方が正しいかもしれませんけど」


料理のことはさっぱりわからない。生姜焼きなんて焼くだけだと思っていたけど、そうでもないらしい。


「生姜焼きって焼く前にお肉をタレに漬け込むんです」


「へえ、タレ上からかけて焼いてるんだと思ってたわ」


「あ、漬け込んだ後のタレも一緒に焼きますよ。それに漬け込むって言っても大した時間じゃないですし」


もっしゃ、と俺が米と生姜焼きを頬張る間にも、雨空は話を続ける。


「それで、問題はそのタレなんです。それぞれ調味料の量が多かったり、少なかったりすると味が変わってくるんですよね」


「ん? なんか大さじとか小さじとかなかったっけ?」


小学校の頃に調理実習で聞いたことがある気がする。たまに雨空が見ている料理番組でも言ってたような気がするな。


「ありますけど、普段から使ってる人って少ないと思いますよ」


「え、そういうもんなの?」


「はい。だって毎回キッチリ量るのなんて面倒じゃないですか。先輩はインスタントコーヒーを作るとき、わざわざお湯の量をピッタリ計量カップで量りますか?」


「まあ量らないな。たしかになんとなく量が分かってるなら厳密にはしない、か」


「そういうことです。なので、毎回味がちょっと変わってます。完璧に美味しいときはレアなんです」


そこまで話終わって、雨空は箸を動かす。


「なるほどねえ。んで、今日のは雨空的に何点なわけ?」


口の中のものを飲み込んで、雨空は唸る。


「うーん……個人的には100点です。先輩的にはどうです?」


「そうだな、俺も100点……と言いたいところだが、ちょっと生姜がキツい。90点」


俺、生姜焼きはあんまり生姜の匂いがしない方が好きなんだよな。他の料理はいいけど。


「……なるほど、覚えておきます」


「おう、次は生姜少なめで頼む」


「……先輩」


「なんだよ」


「それ、作ってもらってる側の態度じゃないですよ」


雨空は苦笑しつつ、指摘する。

奇遇だな。


「俺もそう思うわ」


そう言って、もう馴染みの味になった味噌汁を啜った。

雨空がこの部屋で食事を作るようになって早1ヶ月。味噌汁の味は、俺の好みに寄せてある。


多分、生姜焼きの味付けも俺の好みに近づけてくれるんだろうな、と思う。

ケーキ屋の季節限定商品が入れ替わったら、また買ってこよう。そんな風に思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る