第2話 お高いケーキとデリカシー
「ただいま、っと」
左手にケーキの箱、右手にスマホスタイルで、肘を使ってドアノブを下げ、家の扉を開ける。
まあ、家といっても大学生の一人暮らし。もちろんアパートの一室だ。
一人暮らしにもかかわらず、鍵を使わずに扉を開けていることに違和感がなくなってもう久しい。
「あ、おかえりなさーい」
使わなくなった理由はお察しの通り、こいつが家に居座るからだ。
ぴょこり、と廊下の奥から顔を出した雨空は、俺の左手を見て目を光らせる。
「ふむ、しっかりお高いやつですね」
「ご希望通りお高いやつだよお姫様」
「くるしゅうないですさあ早く!」
この部屋唯一のテーブルへと向かうと、待ちきれんとばかりに雨空は台所へ風のように移動していた。そして、電気ケトルにお湯を入れ、ティーバッグを取り出している。
「ラインナップはどんな感じです?」
流れるように皿とフォークの準備を整え、あとはお湯待ち状態になった雨空は、台所の奥からこちらを覗き見る。
「あーなんだっけこれ、なんか美味しそうなやつ」
「要領を得ない……」
「旬のなんかだった気がする」
箱を開け、中身を確認する。期間限定のものだけをチョイスしてきたので、そこは間違いないはずだ。
思い出そうと唸りながら記憶を掘り返していると、カチリ、という音が鳴った。台所の雨空が、電気ケトルを手にマグカップへとお湯を注ぐ。ふわり、と紅茶のいい香りが部屋へと溢れた。
マグカップ両手に、雨空がテーブルへと移動しながら中身を覗く。
「多分これ、チェリーのやつですね」
「あーそうだ。チェリーなんとかって名前だった気がする」
「もうちょっと覚えてきてくださいよ……」
ケーキの名前、難しくて覚えられないんだよなあ。
買ってきたのはケーキとタルトなので、多分チェリーケーキとチェリータルトとかだと思う。絶対もっとオシャレな名前だな……。ちなみにどちらも2つずつ買ってきた。1つしか買わないと両方食われるからな……。
「……今、チェリーケーキとチェリータルトとかだと思いましたね……? もっとオシャレな名前に決まってるじゃないですか」
「考え読むんじゃねえよ怖えよ」
「先輩の考えてることはおおよそわかりますよ」
「え、わりと本気で怖いんだけど。なんで?」
思わずそう聞き返すと、雨空はちらりとこちらを見る。
「先輩、わかりやすいんですよ」
「……マジで?」
「はい、マジで」
俺、何考えてるかわからないって言われる方が多いんだけどな……。
「そんなことはいいので、早く食べましょう。せっかく入れた紅茶が冷めちゃいます」
「ん、それもそうだな。どっちからにする?」
雨空は、うむむ、と唸り、
「……タルトにします」
となぜか苦しそうに言う。
「どうせどっちも食うんだからそんなに悩む必要ねえだろ」
何の気なしにそう言うと、雨空は恐ろしい勢いで食いついてきた。
「わかってません、わかってませんね先輩! いいですか、どちらから食べるかっていうのは後に食べる方の美味しさの感じ方にも影響するんですよ!」
「お、おう。わかった、わかったからとりあえず落ち着け。そして食え、な」
明らかに面倒くさい流れだ。そう思い、俺はタルトを雨空の皿へと載せる。
「……むう。まあいいです、いただきます」
少し不満そうな顔をしながら、雨空はフォークを手にし、タルトを口に運ぶ。
「ん! 美味しい!」
「そりゃよかった」
目を輝かせる雨空を見ながら、俺もタルトを口に運ぶ。
甘いチェリーの香りが口の中に広がった。
「美味いなこれ」
「これはケーキも期待できますね……!」
言うが早いか、雨空はタルトを食べ終え、ケーキへと手を伸ばす。
「お前、食うの早くない?」
「……うるさいです。甘いものは仕方ないんです。というかデリカシーが足りてませんよ、デリカシー!」
雨空は、こちらを睨みながら、ケーキをフォークでぶすり、とひと刺し。そして口に運ぶ。
「あーそうだなデリカシーのない男だよ俺は」
正直、デリカシーなどクソ食らえだと思っている。たまには事実を言わせろってもんだ。
「先輩、そんなんだからモテないんですよ」
「うるせえお前の方がデリカシーねえじゃねえか!」
「いえわたしは事実を述べたまでです」
「俺もさっき事実を述べただけなんだが!?」
「はぁ……いいですか、女の子と男の子では言っていいことと悪いことが異なります」
唐突に、指を立て目を閉じて講釈を垂れる雨空。うるせえ男女平等だ。
マグカップの紅茶を一口飲むと、続ける。
「女の子に対して言ってはいけないことは山ほどあります。男の子なんて比じゃありません」
「それは男女差別というやつでは?」
「いえ、差別ではありません。そもそも感じ方や価値観が違うのでその辺は仕方ないと思います。例えば先輩、女の子によく食べるなんて言えます?」
ふむ、とひとつ考える仕草を入れ、答える。
「言えるな」
「そういうところですよ! そういうところ! 言っちゃダメなんです!」
怒涛の勢いで批判をくらった。
「そんなこと言われてもな……」
だって事実を言っただけじゃん。
「……じゃあ、よく食べる女の子を見てどう思いますか?」
「は? ……よく食べるな、と思うな」
「そんな当然のことを言われても……。それ以外は?」
「……特にねえな」
そう答えると、雨空は少し驚いたような表情を浮かべた。
「へえ、珍しいですね」
「あ? そうなのか?」
何が珍しいのか、まったくわからない。
そう思っていると、雨空が解説をはじめる。
「世間一般では、あんまりよく食べる女の子って良い印象持たれないんですよ。多分可愛く見えないからなんでしょうね」
「……少食の方が可愛い、と」
「そういうことです」
雨空は、ふう、とため息をついた。
「はーん、よくわからんな」
「先輩はそうではなさそうですね」
「別に飯食う量は可愛さに関係ないだろ。むしろ少ないとそれで足りるのか心配になるわ」
そう言うと、雨空はくすり、と笑う。
「そういうところ、先輩らしくて、女の子的にはポイント高いと思いますよ」
「そりゃどーも」
ポイント高いってなんだ。なんで俺たちは勝手にポイントつけられてるんだ。あれか、勝手に道行く女の容姿に点数つけるみたいなやつらと同じか。どっちもろくでもないな……。
「……それで、これなんの話だっけか?」
なんだかぬるくなったように感じる紅茶に口をつけ、そう問いかける。
「……なんでしたっけ……? あ、男女の差の話ですよ、先輩が無茶苦茶すぎて脱線したんです」
「いや俺のせいではないだろ……」
「元々、先輩のデリカシーのなさが原因ですよ」
「……そりゃ悪かったな。つーかよく考えたら、そんなデリカシーのない男の家に居るお前はどういうことなんだ」
「そ、それは……」
雨空は、目線を俺から逸らした。
「お? なんか言えない理由でもあんのか?」
そういう反応は気になるな。大体掘り下げたら面白い。
「……い、言いません」
「……明日もケーキ買ってやるぞ?」
「……やです言いません」
「……明後日もケーキ」
「言いませんってば! あんまりしつこいと夕飯作りませんよ!」
ふしゃー、と猫のように怒った雨空は、一番強いカードをきってきた。
「え、ちょ、それは困る! わかった聞かないから夕飯は頼むぞ」
夕飯は死活問題だ。というか、俺の食事がなぜこいつに握られているんだ……?
ともかく、そこからは俺に追求出来るはずもなく、話はうやむやになってしまった。
必ず、今度聞き出してやる。
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