第1章 5月27日

第1話 後輩に起こされる日常

「先輩、起きてください」


なんだか、声が聞こえる。聞き慣れた声だ。


「先輩、先輩ってば! いい加減に起きてくださいって!」


「んぁ」


「んぁ、じゃないです! もう夕方ですよ夕方!」


ゆさゆさと体を揺すられ、薄目を開くと、上から美少女が覗き込んでいた。

大きな瞳に、すらっとした鼻立ち、そして茶色がかった髪を肩口まで伸ばしている。

俺、雪城雄黄ゆきしろゆうきの後輩、雨空蒼衣あまぞらあおいだ。


「……雨空、俺は5時までレポートをやってたんだ。だから眠い、寝かせろ」


そう言ってぐるりと布団を巻き込み寝返りをうつ。剥ぎ取られた。


「はあ、それはまあ知ってます」


「なんで知ってんの」


あうあう言いながら雨空の手から布団を引っ張る。が、完全に取られた。ベッドの上からでは届かない……。


「思いっきりSNSに投稿しておいてよく言いますよ……」


雨空の手には、いつの間にかスマートフォンが握られている。


「……よく見てんなお前」


「女子の嗜みですから」


そう言いながら、スマートフォンをふりふりする彼女を横目に、剥ぎ取られ、床に放置された布団へダイブ。


「あっ! もう、いい加減にしてくださいよ!」


「やめろ俺はまだ寝るんだ永遠に眠るんだ」


ぐいぐいと布団綱引きを再開すると、雨空が半眼でこちらを見る。


「そうですかそうですか、ではもう知りません。先輩の単位がどうなろうとも永遠に眠るんなら関係ありませんね! おやすみなさい!」


「え、なにどゆこぅごがぁ!」


雨空が布団を急に離したせいで勢い余って後ろに転倒。壁に頭をぶつけた。


「いってえ! 急に離すんじゃねえよ!」


「ふーんだ。今日はもう帰りますー。ご飯も作ってあげません!」


「えっそれは困るんですけど……。あと単位がどうのとは一体……?」


むすっとした顔の雨空は、この部屋唯一の時計であるベッド脇のデジタル時計を指さした。

時計が示すは午後4時16分。


……。

…………。

………………!?


「やべえ! レポートの期限まであと30分しかねえじゃねえか!」


「だから言ったんですよ。単位がどうなっても知らないですって」


「うわあマジやべえ! 起こしてくれてサンキューな!」


「せっかく起こしてあげたのにあの態度、わたしは深く傷つきました。お詫びを要求します」


慌ててクローゼットから服を取り出す俺の背中に、そんな声がかけられる。


「仕方ねえわかったわかった! 帰りにケーキでも買ってくるからそれでいいか?」


「……高いのじゃないとダメですよ」


「オーケー任せとけ。今月俺は金持ちだぜ」


「だからレポートが当日朝まで残ってたわけですね」


はあ、と溜息をつく雨空。しかし、それは間違いだ。


「んなわけあるか。俺はいつでも追い詰められないとやらねえんだよいってきます!」


キメ顔を雨空に向け、サムズアップをしながら玄関から飛び出る。


「それ一番ダメなタイプじゃないですか……」


ぽつり、と呆れた声が聞こえた気がした。

……お安いケーキにしてやる。

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