第42話『切り札』

 ユウキの放った蒼牙突が直撃すれば傷付くのは黄之百合だけでない。ツバキの左肩ごと黄之百合の腹が射抜かれる。

 黄之百合は、ツバキを庇いようにしつつ身をよじり、光の刺突を回避した。


(おいおい!! マジかよ!! こいつツバキごと俺をる気か!? あり得ねぇだろ!? 現実的に考えて!)


 黄之百合が避けなければツバキもろとも貫かれていた。

 護衛対象をも攻撃するユウキの判断は、黄之百合とカラスの動揺を誘いながらも、同時に味方の不振も買っていた。


「先生なに考えてんの!? ツバキ殺す気!?」


 サクラは当惑を怒りに変換して声に乗せている。

 彼女の反応も無理はない。担任教師が親友を躊躇しんゆうなく傷つけようとしたのだ。

 けれどユウキは抗議の声には耳を貸さず、黄之百合とツバキに狙いを集中し、カラスの妨害を潜り抜けつつ愚直に蒼牙突を繰り返している。


「ユウキ君、何考えてるです……」

「これではツバキ殿が!」


 サザンカとキュウゴもユウキの無謀な行動に眉をひそめている。

 一方、ユウキの真意を汲み取り、冷静に受け止めている者もいた。ソウスケとキキョウの二名だ。


「ちゃうな。あのまま命中しとったらツバキの急所を外れとったし、反対に黄之百合の方は致命傷や」

「ソウスケ君の言う通りよ。花一華先生はツバキさんごと黄之百合を攻撃するつもりだったけど、仕留めようとしたのは黄之百合だけ。ツバキさんを殺すつもりはなかったわ。並の使い手なら自分の身内を人質にされたら攻撃の手が鈍る。けれど花一華先生にそれはない」


 ユウキのツバキ護衛の意思に変わりはない。しかしこの状況に至って無傷で守り切る選択肢は捨てていた。ならば発想の逆転。ツバキに痛い思いをさせてでも命だけは確実に救い、脅威二人を排除する。

 刺突系の攻撃に絞っているのも、必要以上のダメージをツバキに与えないようにするため。今のユウキにできる最大限の配慮だ。


「これが狼牙隊っちゅーことか。生徒を盾にされようが躊躇ちゅうちょなく攻撃する。その上で味方の急所を外し、背後に居る敵の急所は正確に貫く」

「確かにすごい刺突だったけど……でも見てる方としては不安だってば」

「サクラさん安心しなさい。花一華ユウキはそれが出来る技の持ち主なのよ」

「そうは言っても……サザンカ、本当に大丈夫?」

「うちには……分からないです。うちの知っているユウキ君は臆病な少年です。蒼脈を持って生まれなかったごく平凡な子供です。一体何があったらここまでの達人になれるのか……うちには想像出来ないです」


 サクラは知っている。兄弟子と姉弟子から託された思いを背負い、尋常外れの鍛錬を積み重ねて今の強さを手に入れたことを。

 ユウキを信じたい。彼ならなんとかしてくれると。

 だけど親友が危機に瀕している状況と脈式仙法を覚えても何の役にも立たなかった自分が悔しくて仕方がない。

 頼るしかできない自分がもどかしくてしょうがない。


「先生、ツバキを……お願い助けて」


 サクラの思いを糧にしてユウキの動きはより一層洗練さと鮮烈さを増していく。狼牙隊第一分隊隊長の戦闘能力は、この場に居る全員を圧倒していた。

 正確無比な超高精度の刺突と蒼牙突を操り、黄之百合を攻め立てる。攻撃の内終りに生じた隙を狙ってカラスが攻めてくるが、ユウキはすぐさま体勢を立て直して刀を返した。

 決して大柄とはいえない体格ながら繰り出す一撃は、鉄塊をも切り砕く剛剣。鍔迫り合いの格好になったらカラスが一方的に不利となる。仕方なく飛び退き、ユウキとの間合いを広げた。

 その間に黄之百合は、背中にツバキを背負って糸で括り付けると、ユウキ目掛けて両腕を振るい落とした。

 打ち下ろされた糸の群れは、本来であれば蒼脈で強化された反射神経でも反応は困難。だがユウキの身体は、既に糸の着弾予想地点から退いている。


(黄之百合と僕の攻撃に対応してくる。凄まじいまでの防御と回避の能力。ここまで防御の固い蒼脈師には出逢った事がない)

(現実的に考えて、こいつを詰め切るには生半可な方法じゃ無理だぜ)


 カラスは奥歯を噛み締めてユウキの懐に入り込んだ。

 電光石火の剣撃は、並みの使い手であれば反射運動の余地すら与えず切り伏せる代物。秒間数百を優に超える斬撃をユウキは表情を変えずに蒼脈刀で丁寧に受け止めていく。

 カラスの技術が温いのではない。花一華ユウキがその上を行くのだ。

 両者が手を合わせるのは、これで三度目。カラスの呼吸・癖・調子リズム、全てを把握し、最善手の対応をし続ける。

 ここに来て両者の実力の差が開きつつあった。

 黄之百合イスケも傍観者で居るわけではない。糸を用いて常に致命傷を狙う。時にはキキョウが守る生徒たちへの攻撃を差し込んだ。

 しかし迎撃されてしまう。どれほど虚を付いても、狙い澄ましても、一本残らず切り落された。


(現実的に考えてあり得ねぇ。俺とカラスの攻撃を同時にさばくなんて。いやありえるとすれば、この俺の考えが読まれている?)


 どんな達人でも動作の癖や得意とする型がある。不利な状況ほど癖や得意技に頼りたくなってしまうものだ。とは言え、達人のそれらを見切るのは容易でない。まして二対一の状況とあればなおさらだ。


(そうか。俺の人形……俺の癖を人形との手合せで学習しやがったのか)


 天賦の才や生まれ持った素質ではない。後ろ向きな性格でも説明がつかない。

 膨大な修練と圧倒的な実戦経験がなせる磨き上げられた技量の極地。

 生来の強さ任せに、全てを噛み砕く獅子の牙ではない。持って生まれなかったものを懸命に求め続け、儚い夢をかなえるために血に塗れて磨き上げた花一華はないちげの牙だ。


「蒼牙突!!」


 ユウキの放った蒼牙突がカラスの左肩を掠めた。

 極めた蒼脈師の魔法攻撃は、速度に優れたものであれば光速に達し、防御行動に関しても先読みと直感で光速にも対応が出来る。

 先手の取り合いとなる蒼脈師同士の戦いにおいて、癖を読まれるのは致命的だ。裏を返せば癖を読めさえすれば優位に戦えるのだが、ユウキはそれをさせない。

 カラスは舌を打ちながら距離を取り、刀を下段に構えなおした。


(奴が使った技は、蒼牙閃に蒼牙突と無効化魔法のみ。無効化魔法は奴の隠し玉だが、あくまでそれは防御面での話)


 黄之百合は、数千の糸を操りながらユウキを見やった。イスケとカラスの動きを交互に窺いつつ、攻撃の手は一切緩まない。まったくもって隙がない。


(隙がないのは、達人だから当たり前だがよ。だが俺が気になるのは、奴の攻撃面での切り札だ。あれほどの使い手が攻撃に関しちゃ蒼牙閃と蒼牙突、中等科の学生が習うような超基本的な魔法しか使ってこねぇ)


 ユウキの行動は洗練されているが至極単調だった。


(僕やイスケは、彼と手を合わせているからこそ分かる。基礎技術の高さと防御が得意なだけで狼牙隊の分隊長になれるはずがない)


 単調だからこそ効果的な状況もある。

 ユウキの癖を相手に読ませないのだ。


(現実的に考えて受けるしか能がないってわけがねぇ。蒼牙閃や蒼牙突、カウンター攻撃の精度は超一流。見事なもんだ。だが基礎技だけで隊長格になれるかよ。しかもあのとんでもねぇ蒼脈量……ざっと換算して七万以上。これほどの蒼脈を持っていたらもっと魔法をガンガン使ってくるはずだ)


 強者ほど切り札は多く持ち合わせているもの。なのに一対二の不利な状況でも手の内を晒さない徹底ぶりは、敵の心理を燻らせる。

 達人であればあるだけ、疑惑の沼にはまり込んでいく。

 敵が一体何を隠しているのか。何を狙っているのか。切り札は何か。どこで切り札を切ってくるのか。


(人質や生徒たちが居るから攻撃に転じない……というわけでもないな。七万以上の蒼脈量をもってして乱発できないほどの大技を隠し持っているか)


 不安は達人であっても拭いきれないもの。一度抱けば振り払うためには相当の労力を求められる。


(もしくは自分はひたすら蒼脈を節約して相手のスタミナ切れを待つタイプ。どちらにせよ厄介だぜ。俺の総脚量は約四万だが、人形の一斉操作で大分蒼脈を使っちまってる。残ってるのはせいぜい半分そこそこってとこか。カラスの蒼脈量は最大でも約一万七〇〇〇。長期戦は現実的に考えて不利……いやもう一つあるぜ。花一華ユウキの戦い方)


 そして短絡な行動を選択しがちだ。


「カラス作戦五番だ!! あれをやるぜ!!」

「分かった」


 黄之百合の指先から延びる数千の糸が幾重にもほつれ、数千万の糸と化して暴風のようにうねりながらユウキへと迫る。

 渦巻き、ねじれ、龍の姿へ変じていくと、黄之百合の背中から縛りつけられていたツバキの身体が離れ、一本の糸によってカラスの元へと運ばれる。


「ツバキ!!」


 サクラの悲鳴に背を押され、ユウキがツバキを抱きとめるカラスの元へ向かおうともするも、荒れ狂う糸の群れが前進を許さなかった。

 ここで下手に動けば、サクラたちが技の餌食になりかねない。受け止める以外の選択がユウキには残されていない。


「ここら一帯ごと吹き飛びな!! 蒼波龍糸弾そうはりゅうしだん!!」


 圧倒的な蒼脈の暴力。直撃すれば山をも抉る威力が牙を剥き、ユウキに襲い掛かる。

 避ければユウキだけは助かるが、生徒は粉々になる。刀で受け止めれば防げるが、その間にツバキを連れて逃げられる。

 無効化魔法も刃で触れた部分の魔法を分解し、蒼脈に戻すことが出来るだけで。数千万の糸からなる魔法攻撃に対して相性がいいとは言えない。

 状況は最悪。しかしこの状況を待っていた。この状況を作り出すため行動してきた。敵が最大火力を打つこの瞬間を――。


「バニシング――」


 ユウキが吼え、腰だめに刀を構えなおすと、龍をかたどった糸の群れと相対する。


「カウンター!!」


 迫る龍の牙に対し、ユウキの刀が横一線に振るわれた。切り裂かれた龍は、その身を猛烈な光の濁流と変えて、黄之百合とその背後にある食堂の壁を飲み干した。

 蒼く眩い閃光が学院の敷地全体を照らし出し、やがて光が晴れると焼け爛れた黄之百合の肉体がぼろ雑巾みたいに床に転がっている。


「あ、が……がっ!」


 間違いなく致命傷。これで一人倒した。残るはツバキを抱えて食堂の外へ逃れようとしているカラスのみ。逃亡を阻止するためにユウキがカラスに狙いを定めたその時、しかし黄之百合の顔は、満足げに笑んでいた。


「おめぇの負けだ……」


 ユウキが意味を理解するのに要した時間は、数瞬にも満たなかった。

 背後に振り替えると、サクラたち生徒とキキョウの首筋にそれぞれ一本ずつ糸が結ばれている。


(いつのまに!? まさか!?)


 ユウキの脳裏を最悪の展開がよぎる。

 反射魔法を使える状況に持っていこうとしたユウキの策略は見抜かれていたのなら?

 黄之百合は致命傷を負う覚悟で反射魔法を使わせた。膨大な魔力にユウキ自身の目もくらむ瞬間、その数瞬を得るために自らの命すら捧げたのだ。


「現実的に考えて……あれは反射する魔法以上の大量の蒼脈をぶつけて強引に跳ね返す技。あんたの蒼脈量でも乱発は出来ねぇ」


 ユウキが黄之百合にとどめを刺さんと刀を振り上げると、焼け焦げた肉体がバッタのようにはねて食堂の外へ逃れる。

 全身の骨が砕けているはず。まともに動けるわけがない。よくよく目を凝らすと、黄之百合の全身に細い糸が巻き付いていた。


「自分に糸を巻き付けて操っているのか!?」

「糸……を仕込むのは得意なんだ。それと俺じゃな……くて現実見ろよ。生徒のピン……チだぜ」


 黄之百合の右手が糸を引くより速くユウキの打ち下した蒼脈刀がサクラたちに繋がった糸を寸断した。

 振り返り、生徒たちの無事を確認する。負傷した者は居ない。

 すぐに向き直るも、既にツバキとカラスと黄之百合の姿は消え失せていた。


「……負けた」


 策略と切り札を逆手に取られた。

 敗北を突き付けられたユウキは、その場に膝から崩れ落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る