第39話『真実』
賽の目状に切り裂かれ、山のように積もった石材や木片を蹴散らして花一華ユウキが姿を現した。
埃で羽織が白く染まっているが、思案に溺れたユウキにとっては些末なことである。
人形使いと誘導魔法の最大の相違点は、糸を用いて常に対象を操作し続けないといけない点だ。自動攻撃と手動攻撃を切り替えながら叩ける誘導魔法とはその点が異なる。接近戦もこなせる全距離対応型の融合魔法に対して、人形使いの糸魔法は完全な後衛型。
接近戦に弱いという弱点をこうやって克服してくるか。首を切断して生きてた。となると、人形使い本体と思っていたそれ自体が人形だったと考えるのが妥当だ。
生徒たちを操っている本体が学院のどこかに居るのは間違いない。
さらに疑問なのは、どうやって本体は、これだけの教師や生徒に糸を仕込めたか、だ。
手練れの蒼脈師相手に糸を仕込むには、極細で高精度の糸を使わなければならない。しかしそこまで高精度の糸は何十本も同時展開できない。
例えばユウキに仕込もうとした糸。かなり離れた間合いの相手にも仕込める高精度の糸は一度に出せて十本程度のはず。
それを数百人を操れるほど同時に展開するのは不可能だ。それに加えて攻撃用だったり、監視用の糸。あれだけ多種多様な糸を瞬時に数百人分展開。
無理だ。人間技じゃない。すると可能性は一つ。
何日もかけて糸を仕込んでいた。
だけど学校に怪しい人物の出入りはなかったし、ユウキも目を光らせていた。
ユウキや他の教師に見つからずに糸を仕掛けるには学院の構造、各人員の動きに熟知していないと不可能だろう。
(となると内通者?)
その可能性がかなり高い。
(でも誰だ? いや誰かよりもどこにいるかが問題なんだ。多分ツバキたちのところへ行っている)
ここは陽動だ。まんまと引っかかった。
一刻も早く生徒たちの元へ。はやる気持ちを両足に乗せてユウキは駆け出した。
――――――
姫川キキョウの剣閃は、水のように鮮やかで地鳴りのように力強い。
達人のカラスをして掻い潜れる代物ではなく、さらにサクラたちの援護も合わせれば、攻撃に転じるのは容易ではない。
間合いを取って回避と迎撃に重点を落ちた立ち回りに終始するカラスの動きに、キキョウは食らいつきながらも攻めきれずにいた。
地力の違いは絶対的。生徒たちの援護をもってしても完全に埋めるには至っていない。
カラスが攻撃に転じるのは容易でないにしろ、不可能ではないのだとキキョウは悟っていた。
(長期戦を覚悟しているのかしら? イヤに消極的だわ)
それが不気味だ。納得がいかない。
カラスは敵地に乗り込んできている。長居は無用。すぐさま目的を達したいはず。
多少の無理をしても攻めに転じる場面でありながら、守勢に回っているのが異様だ。
何かがおかしい。倒さなくては。多少無理をしてでもカラスを仕留めねば。
キキョウが蒼脈刀を振るい上げ、大きく一歩踏み込んだ瞬間、右の脇腹に走る不快な灼熱。
「え?」
見やれば蒼脈刀が突き刺さっている。しかしそれはカラスの使う蒼脈刀ではない。
「黄之百合……先生?」
刃を突き立てる人の名前を呼びながらキキョウはその場に崩れ落ちた。
黄之百合は、蒼脈刀をキキョウの腹から引き抜くと、興味のないおもちゃであるかのように刀を投げ捨てた。
「気合と根性!! でどうにもならないこともあるな。これが現実だ。例えば腹を刺されたらそりゃもう死ぬしかない。現実的に考えて」
懐から取り出した手袋を嵌めながら、破顔する。
その表情に宿るのは、カラスをも上回る濃厚な害意であった。
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