第31話『脈式仙法』

 サクラは、真っ赤な彼岸花ヒガンバナのように燃え盛る怒りをあらわにしてツバキを睨みつけた。


「あんたなに言ってんの!? さっき言ったじゃん!! あんたには生きる義務があるって!!」


一際大きく声を張り上げて、ツバキを威嚇する。けれどツバキには微塵みじんも退く気配がなかった。


「私が人質になるなら私が最初から居なければいい」

「だからさ! あんた話聞いてた!?」

「聞いてた! だから私が死ねば――」

「ツバキ!!」

「父さん一人なら喋らない! どんな拷問されたって……いざとなれば自決する。でも私が人質になったら喋るかもしれない」

「だから誘拐されないようにみんなで強くなればいいって話しじゃん!」

「私をさらうために、みんなが人質になるかも。そしたら私は、耐えられない!! 相手の要求を飲むと思う」

「だからそうならないようにみんな強くなるんだっての!!」

「相手はユウキ先生みたいに強い!! 私たちがちょっと修行した位でどうこうなる相手じゃない……」


 どちらも譲らず議論は平行線のまま。見かねたユウキがなだめようとするも――。


「ツバキ殿の言う通りであります」


 キュウゴの言葉は炸裂弾のように波及し、全員の思考を支配した。


「今ツバキ殿を……殺すことで国を守れるなら、悩む必要はないであります」


 サクラは、威嚇する狼のように歯をむき出し、キュウゴの胸ぐらを掴み、立ち上がらせた。


「キュウゴあんた!! もう一度言ってみろっての!!」

「反政府組織……いえ、アザミの一族のやり方は苛烈であります。文字通り何でもするであります。自分たちが少し鍛えたぐらいでどうこうなる相手ではありませんよ」

「この野郎!!」


 サクラが拳を作り、振り上げる。咄嗟にユウキは、サクラの右手首を掴み、制した。


「サクラ。キュウゴを殴っても解決しないよ。キュウゴもめったなことを言っちゃだめだよ。言葉って言うのは口にすると本当になることがある。だから誰かを傷つけたり、悪い想像をさせる言葉は絶対に言っちゃいけないんだ」


 教師然として生徒たちをたしなめるユウキに、生徒たちが抱く思いは一つだった。

 今の言葉、どの口でほざきやがったこのネガティブ教師。普段からあることないこと言ってパニック起こしてるのはお前の方だろ――と。

 しかも思ったことをそのまま伝えようものなら、ユウキがネガティブモードを発動するが目に見えているので、生徒たちは口をつぐみ、不平と不満を心の奥底にしまい込んだ。

 だが、経緯はどうあれ、荒れた場を収めるのには成功したため、結果的には功を奏した形である。


「ま、ユウキ君も居るです。うちの見立てだと、カラスとユウキ君では、ユウキ君の方が格上です。うちらに必要なのはユウキ君の足手まといにならないことです」


 サザンカは、胸を張ってユウキを見つめた。


「で、どうするです?」

「え!? 俺に聞くの!?」

「実戦経験も戦闘力も、うちとユウキ君には雲泥うんでいの差があるです。どう考えてもユウキ君が指示を出す立場です」

「そんな……」

「謙遜してる場合じゃないです!!」

「サザンカの言う通りだってば!! 何とかしなくちゃじゃん!」


 いきなり打開策が出てくれば苦労もない。

 腕を組み、しばし思案に溺れたのち、ある策が天からユウキの頭に振ってきた。


「……みんなを強くしよう。割とてっとり早く」

「今でも十分に強くはなっているです」

「いや。サザンカと同じぐらいに持っていきたいんだ」

「うちとです? それでもユウキ君の足元にも及ばないです」

「だけどサザンカが五人居てくれたら助かるよ」

「同じです。うちと同程度が束になってもユウキ君の足元にも及ばないです」

「でも、防戦に徹してくれれば逃げるぐらいは出来るよ」

「この間ユウキ君が遭遇した敵、実際のところどうです? 次に襲ってきたら仕留められるです?」


 小ぶりな直刀を生かした高速剣術。高精度の干渉制御魔法。カラスの戦闘能力は図抜けている。ユウキをもってしても、そうそう出会ったことのない手練れだ。


「正直自信ないよ。ものすごく強い相手だった」

「じゃあユウキ君の方がちょい上ってとこですね」

「なんでそうなるの!? 自信ないって言ったよね!?」

「ユウキ君がそう言う時は、大抵相手が自分より弱い時です」

「そんな事ないよ!?」

「絶対勝てないでようやく互角。師匠と同じぐらい強いでユウキ君よりもちょっと格上……でもやりよう次第で勝ち目はあるってとこです。うちが言うんだから間違いないです」

「俺の自己評価よりサザンカの評価の方が正しいの?」

「ネガティブ分差っ引いて考えないといけないですから。この花一華式ネガティブ算が出来るのは、うちとロウゼン様ぐらいのもんです」

「そんな計算式あるの!? 初耳なんだけど」


 いつの間に開発されたのか気になるユウキだったが、サザンカの関心はすでに別の課題に向けられていた。


「で、どうするです? 確かにみんなの才能はすごいですが、さすがに一朝一夕でうちと同じ強さというのは……訓練期間が数ヶ月もあれば追い抜かれる自信はあるですが」

を覚えてもらおうかと……」

「脈式仙法って二年生で習うやつやろ?」

「それをあたしたちが?」


 ピンと来ていない生徒たちとは対照的に、ツバキの戸惑いは強かった。


「た、確かに脈式仙法を覚えれば今のうちと同等になれるですが……あんな高等技術をいきなりみんなに教えるです? 身体にも相当負担がかかる修行です」

「だけど、覚えて貰えたら不測の事態にも対処できようになると思うんだ」

「それは分かるですが、ようやく通常の仙法の余剰放出を克服したばかりのみんなには早すぎるです。本来なら高等科の二年生で習う技術です」


 サザンカの意見は、正論だ。

 彼女の言う通り、下手をすれば重傷を負いかけない危険な修行になる。

 ユウキとしても本心では教えたくない面の方が勝っていた。

 だが、心が叫んでいる。魂が諭してくれる。

 この子たちなら大丈夫だと。


「分かってるけど、みんななら出来るとも思うんだ」

「ネガティブ大魔王が随分と楽観的です」

「俺は……自分に自信はないけど、この子たちの才能は本物だよ。教えたことには応えてくれると思うんだ。みんなを信じたいんだ」

「うん!! 信じて!! 強くなるよ先生の期待通り。ね? ツバキ!」


 ツバキは戸惑いながらも首肯しゅこうした。


「う、うん。自分の事ぐらい自分で守れるようになりたい。もう誰も私のために死なせない」

「そこまで言うなら、うちは反対しないです。ツバキにも自分の身は自分で守ってもらえれば助かるですからね」

「ワシは強くなれるんなら何でもええわ」

「自分も……学びたいであります」

「じゃあ早速明日から脈式仙法の授業をしよう」


 仙法の奥義習得にユウキは一縷の望みを託した。

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