第32話『覚悟』
ツバキは、寮の自室に戻り、寝間着姿で布団の中央に座している。
明日から新しい修業が始まるというのに、眠る気になれなかった。
桜の一族。親友と父が抱えていた秘密。アザミの一族。カラス。サザンカの正体。一度に多くの真実を知りすぎて整理が追いつかない。
だけれど、もっと早く真実を知りたかった。もっと早くから知っていれば、友達なんて作らなかった。血なまぐさい運命だって自分一人で背負った。強くなろうと今以上に努力していた。
今更修業したところで、カラスとの実力差が容易く埋まるわけでもない。
一匹のアリが一匹のハチになったところで、象相手には歯が立たないのだ。
しかも今回かかっているのは自分だけの命ではない。大切な友達の命もだ。
後悔と不安ばかりが襲ってくる。
過酷な宿命を背負っているのは構わない。ならば一人で立ち向かえるよう、父親に鍛えてほしかった。
真実を隠して遠ざけるのではなく、運命に立ち向かう選択肢を与えてほしかった。
全てを知った上でツバキに選択させてほしかった。
これは桜葉ツバキの人生であって桜葉ケンジロウの人生ではない。
父親に敷いてもらった道を歩く以外の選択肢があったはずだ。
「父さん。私は強くなりたかった」
ケンジロウがカラスや花一華ユウキに迫るほど強いなんて知らなかった。
アザミの一族と渡り合える実力者だなんて知らなかった。
ツバキが才能がないと落ち込んでいたのは知っているはずなのに、隠しているなんてひどすぎる。
ましてやサクラにまで秘密を守るよう強要していなのなら、尚更だ。
サクラは真実を知っていたからこそ、ツバキを信じて励まし、寄り添ってくれた。
ツバキも同じ真実を知っていたのなら、サクラに劣等感を抱き、邪険にすることもなかったろう。
親の思いが分からないではないが、親友を巻き込んだことは納得はできない。
「でも、なんでサクラが真実を知ってたんだろう?」
ケンジロウが実の娘にすら話さなかった真実をサクラが知っている理由。
サザンカの正体にも最初から気が付いているようだった。
「サクラっていったい……」
「ツバキ殿」
扉の外から声を掛けられる。キュウゴの声だった。
思案していた疑問をひとまず置いて、ツバキが扉を開いて出迎えると、やはりキュウゴがそこに立っていた。
今にも闇に溶けてしまいそうなはかなげな姿に、ツバキは首を傾げる。
「キュウゴロウ? 珍しいね」
「女子寮は男子禁制でありますからね。ですが、言いたいことがあるであります」
内容の想像はついた。さっきの話の続きだろう。
「私は、死んだ方がいい?」
「……それが一番手っ取り早いのは事実であります」
「やっぱりそうかな……」
「自分は、アザミの一族のやり方は知っているであります。いやになるほど」
「さっきもそう言ってた。もしかして因縁とか、あるのかな?」
問われてキュウゴは、顔をそむけた。心根を探られるのを拒絶するかのようである。
「そうでありますね……奴らに家族を奪われたであります。だから奴らの危険性はよく知っているであります」
キュウゴは両拳を強く握りしめた。骨のきしむ音がツバキの耳にまで届いてくる。
「……自分にはツバキ殿を守れるだけの力がないであります。自分は強くなりたいと思って、この学院に入ったであります。誰よりも強くなりたくて……」
「私も同じだ。でも現実は厳しいね」
「そうであります。力が欲しいのにまるで足りないであります。だから自分は修行するであります」
ツバキをまっすぐに見つめるキュウゴの目には、
絶対にゆるがないと確信させる灼熱は、ささくれていたツバキの心に燃え移り、心地の良い温もりとなって内側から癒してくれる。
「申し訳ないであります。死んだ方がいいなんてひどい言葉を吐いて……自分は最低であります」
「そうかな。昔から最低なセクハラマシーンだったからこんなもんかなって」
「うっ!? それを言われると痛いであります」
「冗談。でも私を守るために無理はしないで」
「理由はあるであります」
「え?」
「多分自分は、誰よりもツバキ殿を守る義務があるであります」
「キュウゴロウ?」
いったいどういう意味なのか?
ツバキが訪ねようとした瞬間、キュウゴの口元が自嘲をたたえた。
「だから言い訳をして逃げちゃいけない時が来たでありますね……おやすみなさい。ツバキ殿」
「お、おやすみ」
追いかけたい衝動に狩れたツバキは、深く踏み入ると友人を一人失い確信におびえ、去り行く友を見送るしかできなかった。
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