第30話『桜の一族』

 あたしから教える――。

 渋川サクラの発言をツバキは、うまく呑み込めずにいた。


「サクラ……なんでサクラが私が襲われる理由を知ってるの?」

「サクラ殿も、実は極秘任務を帯びているでありますか?」

「違う。あたしは先生やサザンカみたく軍人じゃない」

「ダメですサクラ! この件が口止めされているのはサクラも知っているはずです! それにツバキが知ったところで事態が好転するわけでもないです!」


 サザンカの意見は反論しようのない正論だ。ツバキが真実を知った所で何の役にも立たないかもしれない。

 誘導魔法が得意な以外、取り柄のない未熟な蒼脈師だ。

 それでも知りたい。知らずにはいられない。欲求にも逆らいたくない。


「サクラ話して」


 親友の口からちゃんと聞きたい。

 サクラから聞かされたことなら、どんな真実でも受け止められる気がするから。・


「みんなに迷惑かけてるのに、私はその理由も知らない。そんなの嫌だ!」

「サザンカ。ツバキもそろそろ真実を知る時だよ」

「それはそうですが……ケンジロウさんにも口止めされているですよ?」

「父さんに? じゃあサクラは父さんに言われて黙ったの?」

「うん。でも話す。ツバキが知りたいなら教えたほうがいいってあたしはずっと思ってからさ。たださ……」


 サクラは、ソウスケとキュウゴを交互に見やる。その意図を真っ先に組んだのはソウスケだった。


「ワシらが居らん方がええなら席外すで。さっきは全部知りたい言うたけど、確かにワシらは部外者っちゃ部外者や。ワシらが居ることでツバキが真実を知る邪魔になるっちゅーんなら出ていくわ」


 立ち上がるソウスケに対して、キュウゴは両手で袴の裾を握りしめたまま立ち上がろうとはしなかった。


「……自分は知りたいであります」


 テコでも動かない。そんな強い意志がキュウゴからほとばしっている。


「それを決めるんはツバキや。他のやつに知られとうないっちゅーこともあるやろ」

「自分は理由ぐらい知りたいであります。自分だって今回の件には巻き込まれているであります! 知る権利があるです!!」


 いつもキュウゴとは様子は違う。こんなに強引な姿勢を見せるのは初めてだ。


「ソウスケ殿だって理由を知りたいはずであります? 違うでありますか?」

「ワシは……理由なんか関係あらへん。ただしこれだけは言っとくでツバキ」


 ソウスケはツバキの前で膝をつき、まっすぐな力強い眼差しでツバキの蒼い瞳を見つめた。


「今のワシは弱いけど、すぐに強うなる。強うなってツバキを守ったる。それだけや。理由や真実は関係あらへん」

「ソウスケ……ありがとう」

「ソウスケ殿は、理由もなく自分の命を賭けられるでありますか?」

「ツバキはダチや。ワシにとっては、ダチってだけで命張る理由になる」

「……ソウスケ殿は、男気と無謀をはき違えてるであります」

「なんぼでも言え。ツバキが聞かれとうないんやったらワシらは席外す」

「自分はここに――」

「それを決めるんはツバキや言うとるやろ?」

「ソウスケ殿の考え方を押し付けないでほしいであります! 自分はここに残って聞きたいであります!! 大体さっき全部教えろとわめいていたのはソウスケ殿であります!!」

「そうや!! せやけどこうなったら事情がちゃうやろ! それにワシは自分の弱さにいらいらして八つ当たりなところもあったんや……そない不純な動機で聞いていい話やとは思えへんのや」

「どこかへ行くなら一人で行くであります。自分はここにいるであります!」

「口で言っても分からんなら力付くで追い出すだけや!」


 普段喧嘩なんて試合二人が火花を散らしている。ツバキにとってその光景を見せられることが何よりもつらく思えた。


「やめて二人とも!」


 自分に関する真実でも独占するつもりはない。

 キュウゴが聞きたいというならここにいてほしい。

 ソウスケが守ってくれるというならやはり真実を知っておいてほしい。


「私はみんなにここに居てもらいたい。サクラにちゃんと話してもらいたい」


 サクラはこくりと頷き、サザンカに目配せする。ついに根負けしたのだろう。サザンカは大きく息を吐き出して首を振った。


「サクラは言っても聞かないです。責任はユウキ君が取るです」

「え!? 俺!? なんで俺!? ケンジロウさん怒ると結構怖いんですけど!!」

「生徒のためなら本望です?」

「う……はい。みんなのために矢面に立たせていただきます……はぁ……」

「さぁサクラ、話すです」


 サザンカに促されてサクラは語り出した。


「みんなは桜の一族って聞いたことあるでしょ?」

「せやな。前に授業でやったわ。王家を守る近衛の一族やったか? 今はもう血筋が途絶えているっちゅー話やろ? ちゃうんか?」

「ツバキは、その桜の一族の末裔なの。血は途切れてない。そう見せかけただけ」

「私が?」

「うん。そして桜の一族には強力な誘導魔法の資質が宿る。そもそも誘導魔法の開祖が桜の一族だったわけ。その力を使って桜の一族は、王家を守り続けてきた。やがてサクラの一族の功績をたたえた王家が桜葉の姓を与えた。やがて桜葉は桜の一族とは無関係な人も名乗るありふれた姓になったけどね」


 王家から直接性をたまわるのは太正国で最大級の名誉とされている。特に太正国を国として成り立たせた白百合家から賜った名前となれば、他の王家から授けられた姓とは一線を画する。


「そして桜の一族であるケンジロウおじさんの任務は、原初の王家を守ること。一九〇〇年前、この太正国を国家として成立させた人たちの末裔をね」

「ほんまか!? 白百合家は七百年前に断絶しとるはずやろ!? 確かものごっつい災害に巻き込まれたて……」


 ソウスケの問いに答えたのは、サザンカだった。


「それは表向きの話です。胡蝶蘭こちょうらん王朝・杜若かきつばた王朝・そして現王朝の沈丁花じんちょうげ家……彼等はいずれもが王家として国を守るだけでなく同時に原初の王家である白百合家を隠し、守り続けてきたです」

「せやけどなんで、白百合家は断絶したふりをしたんや?」


 サクラの顔色が内心から滲み出した忌々しさに染まっていく。


「アザミの一族が関係してんの」


 アザミの一族。その単語を聞いた瞬間、キュウゴも苦虫を噛み潰したかのように険しい顔つきになる。


「ここでアザミの一族でありますか……」

「そ。あんたも知ってるでしょ。七百年前、王家である白百合に反旗を翻した一族。彼等は異界に住まう邪神を神とあがめたって言われてんの」


 二千年前に現れた九体の邪神。世界を蹂躙じゅうりんし、人類を支配下におこうとしたが、神々の使いであり、大自然の化身でもある龍に阻止、封印された。

 そして龍が人類にもたらしたのが龍の振るう力を人間でも振るえるように劣化させ、再現したものが――蒼脈である。


「世界中にある国の王家と呼ばれる存在は、龍から直接蒼脈を与えられた人々。その血族ってわけ」


 王家以外の人々は、龍の戦いの痕――龍脈から残留した龍の力を会得した。

 そうして脈々と龍の力は受け継がれ、人類の約一割が先天的に蒼脈を持って生まれるようになったのが現在の世界だ。


「七百年前、アザミの一族は龍が封印した邪神を復活させようとしてた。そして――」

「成功したんやな」

「そういうこと。で、白百合一族はこいつを封印するために自ら犠牲になったってわけ。血を用いた蒼脈封印術を使ってね」

「なんやそれ?」

「龍と同等の封印をするには、龍から直接蒼脈を授けられた血族ほぼ全員の命が必要だった。白百合家に残されたのは女の子が一人。たった一人残されたその子は、たくさんの子宝に恵まれ、白百合の血が途切れることはなかった。でも、子供一人で王家を存続させるのは難しかったし、何よりアザミの一族は生き残っていて封印を解除しようと白百合家の生き残りを探していた。だから断絶したってことにした」


 白百合家がアザミの一族と深い因縁があるのは理解できた。しかしアザミの一族が桜の一族の末裔であるツバキを狙う理由が見当らない。


「サクラ……王家のなりたちは分かったけど、それが私とどう関係するの?」

「アザミの一族は今でも邪神の復活を諦めてないから」

「でも、私は白百合家の末裔じゃなくて桜の一族の末裔なんでしょ? どうして私が……」

「あんたが……白百合家の末裔に繋がるから。今でも桜の一族は、白百合家を護衛してる。そして白百合一族の末裔は、邪神の封印場所を知っているとされてんの。その情報を引き出す最初のとっかかりがツバキってわけ」

「じゃあ私を人質にして、父さんの知っている白百合家の情報を引き出す。それがアザミの一族の狙い? じゃあ父さんの怪我ももしかして?」

「ツバキの想像通り。最初アザミの一族はおじさんを狙ってた。でも襲撃は失敗。重傷を負わせたけど返り討ちにあったの。向こうの戦力も大分削がれたから下手に動けないんじゃね? 怪我してるとは言え、おじさんめっちゃ強いし」

「それにツバキとは別口で警護も付いてるです。心配はいらないです。対してツバキはまだ発展途上の身です。さらいやすいです」

「私が弱いから……」


 がっくりと肩を落としたツバキを見やるサクラは、苦笑しながら首を振った。


「それはさ、ツバキのせいじゃなくて……おじさんの教育方針が追い風になっちゃったっていうか」

「父さんの?」

「おじさん、ツバキを桜の一族の運命に巻き込みたくなかった。だから色々黙ったの。ツバキが誘導魔法の才能があることも、桜の一族のことも」

「せやからツバキには才能がないように思い込ませたっちゅーわけか」

「桜の一族は自分の代で終わらせたいっておじさんは願ってた。今は狼牙隊っていう戦力もあるし、昔ほど桜の一族が頑張る必要ないんだって。おじさんもすごい強いけど、それでもユウキ先生が若干格上だと思うし」

「俺の方が強いって……そ、それはないと思うけどなぁ」

「ユウキ君は黙っているです」

「はい……」

「なんや複雑な話やなぁ。それにしても邪神ってそんなに強いんか?」

「うちが聞いている話では、七百年前の蒼脈師が束になっても叶わなかった、らしいです。天変地異にも匹敵する力と言われているです」

「えらいやばそうなやつやな」

「当時よりも蒼脈関連の技術は飛躍的に向上しているです。七百年前とは違って国一つを滅ぼせる力かどうかは……とは言え、相当の戦力であることは間違いないです。とまぁ真実はこんなところです」


 サクラは、神妙な面持ちでツバキに向き直ると、頭を畳にこすりつけた。


「ツバキ、黙っててごめんね……あたしツバキの親友とか偉そうなこと言っててずっと嘘ついた。ほんとにごめん!」

「ううん。サクラ、怒ってない。教えてくれてありがとう」


 事情がよく理解できた。

 桜葉ツバキが何をするべきかもわかった。


「私が白百合一族に繋がってしまうなら、私に人質としての価値があるなら」


 もう犠牲はたくさんだ。

 誰かが傷つくのには耐えられない。ましてそれがここにいる大切な人たちの誰かなら。

 桜の一族として未熟なツバキに、できることがあるのなら――。


「……私が死ねば全部解決だ」

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