第29話『カラス』
サクラたち一年一組の生徒は、花一華ユウキの住む教員寮の部屋に集まり、六人で円を描くように座している。一人暮らしを想定していた部屋のため、これだけ詰め込むと少々手狭に感じてしまう。
人の熱気でムシムシとした部屋で口火を切ったのは、あぐらをかいて貧乏ゆすりするソウスケだった。
「先生、説明してくれや。一体何が起きとんのや? どうなっとるんや?」
「ごめんソウスケ。全部は話せないんだ。それは分かってほしいんだけど」
「何で全部話せへんのや!? あいつの動きはツバキを狙っとったで!? どういうことや!?」
ソウスケのいら立ちがソウスケ自身に向けられているのは明白だった。
暗殺者との力の差をいやというほど思い知らされただけでなく、一睨みされただけで動けなくなった。
戦って負けたのではなく、戦いにすらならなかった。強さにこだわるソウスケにとって、これほどの屈辱はあるまい。
「落ち着くですソウスケ」
いさめるサザンカの声もソウスケの耳には入っていない。
ぎりぎりと歯をきしませ、貧乏ゆすりが激しさを増していく。
「落ち着けるかい! 大体サザンカかて、なんであんなに強いんや!? どうなってるんや!!」
「それを今から話せる範囲で説明するです」
サザンカは、緊張した
「うちとユウキ君がここに居る理由は、ツバキの護衛です。みんなが傷ついたユウキ君を励ます任務というのも、狼牙隊の花一華ユウキをツバキの傍に置く理由付けの一つでした。実際ユウキ君は心に傷を抱えていたですし、狼牙隊をやめて桃木ロウゼンと友人である
キュウゴは、眉間に深いしわをつくり、
「ツバキ殿の警護でありますか。あの黒づくめの……男……からでありますか?」
「うちらはカラスと呼んでいるです。おそらく現状のアザミの一族では最強の戦力に数えられるです……と言ってもこれ以上の情報はないです。素顔でさえ知っている者はいないです」
「せやけど、あんなに強い相手に護衛が二人だけかいな。いくらなんでも少なすぎひんか?」
「ほかにも護衛はいたですが……」
サザンカが言いよどんだ瞬間、ツバキの両頬を涙の筋が止めどなく伝い落ち、袴を濡らした。
悟ってしまったのだ。カラスによる最初の襲撃の時、ツバキの知らぬ間に護衛部隊が殺されてしまったのだと。
「私がいなければ……私のせいで……私一人の命を守るために、何人が犠牲になったの? こんなの命のつり合いが取れてない。私が死んじゃえばみんな死なずに――」
ツバキの声を
「ツバキ!! あんた何言ってんの!?」
「サクラ……」
「守ってもらったんだからちゃんと生きなきゃダメじゃん!! あんたが私なんかとか言ってたら死んでいった人も浮かばれないってば!! 自分を守ってくれた人が生きられなかった分も人生を長く幸せに生きる義務があんたにはあんの!! 分かった!?」
言葉を紡ぐたび、サクラの目頭も厚くなり、涙の雫が瞳を潤していく。
サザンカは、子供をあやすようにサクラの背中をなでて座らせると、ツバキに微笑みかけた。
「うちが言っても気休めにはならないですが、みんな覚悟していたです。自分の命を使ってツバキを守る事が出来れば本望なんです。実際ユウキ君が駆け付けるまでの時間は稼いでくれたです」
ユウキを激しい後悔が襲った。もっと早く敵の存在に気づいていれば。もっと早く駆け付けられたら。
カラスの動きが活発化したのが、ロウゼンや鬼灯学院長にも予想外だったとは言え、ユウキにはできることがあったはずだと。
「ツバキ、護衛部隊の件は俺のせいだよ。サザンカもごめん。もっと俺が早く気付いてれば」
「君は何時でも遅いです。もう怒り疲れたです」
「……ごめん」
ツバキよりもさらに深い後悔の海に潜ってしまったユウキを尻目に、ソウスケは首を傾げた。
「せやけど二人とも連携とかあんまりしてへんよな。バラバラに動いてる感じするんやけど? 仲も悪そうやし」
真顔で爆弾を投げ込んできたソウスケに、サクラはしばし呆然としたのち、声を荒げた。
「ちょ! あ、あんたねぇ? はっきり言う!?」
「せやかて仲悪そうやもん」
「厳密には、ユウキ君とうちはそれぞれ別口の要請で動いてるです。うちは軍の命令で。ユウキ君は現王家、
「うん。そうだよ」
「そうか。いろんな勢力がツバキを守ろうと必死なわけやな……って一つ疑問なんやけど」
「なんです?」
「先生が狼牙隊いう情報、敵さん掴んどるはずやろ? せやのに随分強引な襲撃をするんやな」
ソウスケの問いを受けて、ユウキの纏う気配が研ぎ澄まされた。
「俺とサザンカが護衛しているのを分かって、あえて動いたなら、事態が急速に進行している証拠だよ」
「そういうことです。今狼牙隊は各地で任務中、ロウゼン様もこの国にはいない。となると、ツバキを守れるのは、うちとユウキ君だけです。切り崩せると踏んでいるかもしれないです」
「大丈夫でありますか? もっと戦力が必要なのでは?」
「うちも増援要求はずっとしてるですが、人手不足ってやつです。ツバキの一件は最優先事項の一つではありますが、同等の重要案件が並列して幾つも動いているです。ツバキだけに戦力を裂く余裕はないです。ユウキ君が居るだけで相当マシな状況です」
刀剣のようなギラギラとした輝きを放っていた先程とは一転、ユウキは枯れた花のように
「俺なんかじゃ……」
「ネガティブ発動してる場合じゃないです。しっかりと気合入れるです!」
「でも、戦力は多い方がいいじゃない? それこそ、この学院の先生方と団結して」
「今の状態でも最大限協力してもらっているです。警備の手を増やしているですし、先生方の夜回りも徹底してるです。だけどあいつと遭遇したら手も足も出ないです。ここの教師陣は、戦闘力で選ばれているではないです」
「でもキキョウ先生なら!」
「キキョウ先生でもうちとユウキ君の間を取ったぐらいの強さです。結局のところうちとユウキ君で頑張るしかないです」
「善処するけどさ……不安で」
「うちだけじゃ不安です?」
「そういう意味じゃないよ!! サザンカを信用してないとかそんなんじゃないからね!?」
「ですが、護衛任務の要はユウキ君で、うちはせいぜい肉壁になる位しか役に立てないです」
自嘲するサザンカに、ユウキは頬を引きつらせた。
「そんなこと言わないでよ! 肉壁なんて……仲間が傷つくのはもうごめんだ!」
「仲間ですか……」
サザンカの目の奥で黒い不信感が渦巻いた。
「いや、あの」
「とにかく、なんにせよ今までツバキは無事に守れたですが、今後もそうとは限らないです」
「先生がおれば安心やろ。あんなに強いんやから」
「俺だけに依存するのも得策じゃないんだよ。敵は俺だけを封じれればいいわけだから。さすがに数の暴力で来られたら……」
「やることは変わらないです。ツバキをとにかく守りきるだけです」
「あ、あの!!」
ツバキが声を張り上げて立つと、サザンカの正面に正座しなおした。
「ツバキ、どうしたです?」
「私、サザンカに肝心なこと聞きたいんだ。私が狙われてる理由って何?」
一瞬唇を開きかけたサザンカだったが、首を振りつつツバキから視線を外した。
「ごめんです。ツバキ本人にも言えないです」
「どうして?」
「軍の命令です。ユウキ君に聞いても同じです」
「でも、私は自分のことを知りたい! なんで狙われるのか、どうしてこんなことになってるのか、何も知らないままは嫌だ!!」
「ですが……」
「あたしが教える」
ツバキを見つめるサクラの
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