第28話『武装義手』

 模擬戦敗退から五日後。国立蒼脈師学院一年一組の生徒たちの日常は充実していた。

 花一華はないちげユウキは、相変わらずチョークが折れただけで大騒ぎしたり、生徒たちに対して過保護な部分があるものの、生徒の自主性に任せる場面が増えてきた。

 試合形式の授業も積極的に行い、様々な技や技術を伝授してくれている。これまでよりもずっと教師らしい教師になった。


 放課後、一年一組の生徒は全員そろって外出していた。

 ツバキの父親、桜葉ケンジロウの見舞いに全員で行き、今はその帰り道だ。

 病院でつい話し込んでしまったため、空は藍色あいいろで染められ、細かい雪の粒のような星がきらめている。


「おっちゃんの怪我、だいぶ良くなったみたいやな。ほっとしたで」

「そうでありますね。本当にご無事で何よりであります」


 キュウゴは、心の底から安どしているようだった。


「せやな。ほっとしたらワシは腹減ったで。なんか食うてから帰らへんか?」

「私、おごるよ」

「ほんまかツバキ!?」


 ソウスケは、子供みたいに無邪気に破顔した。


「うん。みんなが父さんのお見舞い来てくれたお礼」

「やめるですツバキ。ソウスケにおごったらお財布空っぽになるです。それにもうすぐ門限です。早く帰るです」 


 サザンカが言うと、サクラの神妙な顔で頷いた。


「そうだって。こいつおごるとなったら際限なく食べるから絶対やめな」

「なんやお前ら! おごられるっちゅー時は、遠慮するほうが失礼なんやで。おごられるやつは全身全霊で腹がはちきれるまで食うんが礼儀や。それでこそおごりがいがあるっちゅーもんや!」

「あんたが特別意地汚いだけじゃん。これだから西の方の人間は……」

「なんやサクラ!! 喧嘩売ってんのかい!!」

「今更気付いたわけ?」


 サクラとソウスケのそれは、他愛のないじゃれあいだ。

 ツバキとキュウゴは、微笑ましげに二人のやり取りを眺めていたが、サザンカだけが全く別の場所に視線を注いでいた。

 空だ。

 空からなにか来る。そしてそのなにかが狙うのは――。


「ツバキ!!」


 サザンカがツバキとキュウゴの傍に一足で踏み込み、二人を突き飛ばす。刹那、黒い人影とともに閃光のような斬撃が虚空から降り注いだ。

 サザンカは、左腕を盾にして受け止めるも、圧倒的な破壊力は羽織と半着の袖ごと、左腕の皮膚をぜさせた。


 突然の出来事に思考停止していたツバキだったが、すぐさま状況を理解する。

 全身黒ずくめで顔立ちは分からないが、覆面から錆びた刃のような眼が覗いている。身体つきを見るに細身の男であり、気配も若々しい。

 手にしているのは、刀身が短い直刀。

 見間違えようはずもない。以前ツバキを襲撃した暗殺者の男だ。

 暗殺者は、直刀とサザンカを見つめている。


「いやに固いと思ったが、なるほどなるほど」


 細かく破れた皮膚片がはたはたと石畳の上に落ちていく。しかしサザンカの顔に痛みの色はなく、暗殺者の瞳を小さな驚きが渦巻いていた。

 サザンカの左腕は、星明かりで鈍く冷たく輝いている。皮がはがれて現れたのは、生身の腕ではない。蒼玉鋼で形作られた機械仕掛けの左腕だ。


「なるほどなるほど……そうか。蒼脈可動式の軍用武装義手か。それに高等科一年生で……お前ただの学生じゃないな」


 暗殺者が直刀を逆手に持ち替えると、サザンカは鋼の左拳を暗殺者に向け、どっしりと腰を落として構えた。


「みんな、逃げるです。あいつはうちが食い止めるです」

「何言ってんのや!?」

「サザンカを置いていくなんて……そ、そんなのダメ!」


 ツバキとソウスケは抗議の声を上げたのに対して、キュウゴは焦燥しょうそうしきった声で叫んだ。


「いえ、サザンカ殿の言うとおりにするであります! あ、あの男は危険すぎるであります!!」


 サクラは、キュウゴの反応をいぶかしみつつも、ツバキの隣に駆け寄った。


「ツバキ、ソウスケもさ。あたしたちがいたら足手まといなんだって。とにかく逃げよう」


 ソウスケはサクラの言葉を拒絶するかのように、蒼脈刀を抜き放った。


「ダチを置いて逃げるなんてできへんわ!! ワシも加勢するで!!」


 ソウスケが、一歩踏み出すと同時に、暗殺者がソウスケを一瞥いちべつした。

 瞬間、ソウスケの足腰から力が抜け出し、その場でしりもちをついてしまう。寒い。凍えそうだ。身体の芯から震えがあふれて、止まらない。


「小僧。邪魔しなければ斬らない。貴様もだ小娘。おとなしく桜葉ツバキを渡せ」

「渡すわけがないです!!」


 サザンカは、石畳を蹴って暗殺者の懐へ潜り込んだ。轟音を伴って放たれる鋼の拳は、容易に音の壁を突き破り、暗殺者の右脇腹を狙った。

 暗殺者は、上体だけひねって左拳をいなし、上半身を戻す勢いを利用して逆手の直刀を振るった。

 疾風はやてが如き速攻を、左腕を盾にして受け止め、サザンカは後方へ跳んで暗殺者との間合いを広げる。

 コンマ秒の攻防を目撃したソウスケとツバキは、驚嘆きょうたんの声を漏らしていた。


「すごいやないけ。サザンカの動き、めちゃくちゃ速いやん」

「サザンカって、こんなに強かった? それにあの左腕……あんなの知らなかった」


 しかし感動もつかの間、思い知らされる。

 サザンカが暗殺者に全く通用していない現実を。

 暗殺者が大いに余力を残しているのに対し、サザンカは肩で息をしている。拳を交わせば、いやでも思い知らされる圧倒的な実力差。

 肉体への損傷はなくとも、精神への重圧が体力を急速に奪い去っていく。

 サザンカは、ツバキたちが束になっても叶わないほどの強さだ。そのサザンカですら暗殺者の足元にも及んでいない現実。


「僕の奇襲の初撃を受け止めただけでも称賛に値する。だがそれもここまでだ」


 サザンカが真正面から戦っても勝ち目がない。

 助けに行こうにも、自分たちの実力を客観視できないほど、ツバキたちは未熟ではなかった。


「……うちをあまり舐めない方がいいです」


 実力差は明白。

 しかしサザンカの言には嘘と一蹴いっしゅうできない迫力が込められていた。


「打開策でも?」

「切り札があるです。それもとっておきの」


 ハッタリではないと、暗殺者は本能的に察知したのだろう。逆手で直刀を握る暗殺者の構えがかすかにこわばっていた。


「なるほどなるほど。高精度の武装義手を見るに松山基地の生き残り……となれば、貴様が使うのはあの――」


 暗殺者は、最後まで言い切らずに後方へ跳んだ。直後、先ほどまで立っていた石畳が青い斬撃で切り裂かれる。


「みんな、大丈夫かい!?」

『花一華先生!?』


 蒼脈刀を手にした花一華ユウキが、滑るような身のこなしで生徒と暗殺者の間に割って入った。


「なるほどなるほど。またお前さんか。疲れるね」

「サザンカ、みんなを逃がしてくれ」

「は、はいです」

「させるとでも――紫電!!」

 

 暗殺者の直刀から大木のように太い雷撃がほとばしり、ユウキに迫った。だが攻撃の気配をかぎ取っていたユウキは、すでに防御の体制を取っており、蒼脈刀の一振るいが雷撃をかき消した。


「なるほどなるほど。お前と戦ってもしょうがない」

「戦ってもらう。色々と聞きたいことがあるんだ。お前の技は昔見たことがあるんだよ」

「そうか……なるほどなるほど。しかしこちらに用はない。出直させてもらおう」


 逃げられる――。

 ユウキの直感が警報を鳴らし、暗殺者へと切り込まんとした。けれど暗殺者の始動速度はユウキのそれを上回り、黒鉛のように重い煙が一帯を包み込んだ。

 すかさず蒼脈刀を振るい、煙を吹き飛ばすも、すでに暗殺者の姿は消えていた。


 逃げてしまった敵のことは一先ず忘れ、ユウキは生徒たちを確認する。

 サクラ・ツバキ・ソウスケ・キュウゴ・サザンカ。全員いるし、これといった怪我もしていない。

 敵の気配が完全に消えていることを確認してからユウキは蒼脈刀をさやに収めた。

 真っ先に口を開いたのはツバキである。


「あの……えっと。先生どうしてここに?」

「前の襲撃以来、ずっと近くでツバキを守っていたんだ。片時も離れずにね」


 とたんにサクラの顔色が曇った。


「ストーカーじゃん。先生キモ」

「やめてサクラ!! ちょっと自分でも思ったからさ!! 合法的とはいえ、結構ヤバい行動してた自覚はあるからさ!!」

「なになに? 風呂とか覗いてたの?」

「覗いてないよ!! そんな風に思ってたの!?」

「冗談冗談。気にしないでってば」

「なんだろう。釈然としない感情が心でくすぶっているよ」


 ユウキとサクラの呑気なやり取りに、ソウスケは居牙の苛立ちを爆発させた。


「そんなのどうでもええわ!! あいつなんなんや!?」

「その話は後です。ひとまず寮に。そこでうちとユウキ君から色々と話すです」

「せやけど」

「ソウスケ。うちの言うとおりにしてほしいです」


 サザンカにいさめられ、ソウスケはまだ震えの残る手で蒼脈刀を収め、うなづいた。

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