第27話『新たな夢』

 花一華はないちげユウキは、サクラと向き合い、話し続けていた。

 恥ずべき過去を。唾棄だきすべき真実を。


「師匠は俺を鍛えくれて、狼牙隊の地位も与えてくれた。この仕事だってそうなんだ。俺が部隊を壊滅させて狼牙隊で居られなくなったら次の居場所としてこの仕事を選んでくれた。姉ちゃんの夢だったこの仕事を……」


 力も夢もすべて他人から与えられたもので何一つ自分の力で得たモノはない。

 おまけに与えられても何一つ満足にこなせないまま、中途半端に投げ出している。


「俺は、自分一人の力でなにも成し遂げていない。どこまでいっても俺は、五歳の子供のころのままなんだ。借り物の力とコネで得た地位。俺、強くもなんともないんだよ」


 ある日、突然強大な才能を譲渡じょうとされる。才能を金や権力に置き換えてもいい。そんな状況は、誰もが一度は夢見るかもしれない。

 そして現実となれば、大抵の人間が初めは喜ぶだろう。だが授けられたモノが大きければ大きいほど、重圧がのしかかる。

 日増しに、加速度的に、重圧が心をむしばんでいく。

 弱い心に背負えるものではない。背負っていいものでもない。


「俺は……自分が大嫌いだ」


 疲れてしまった。このまま消え去れてしまえたら、どんなに楽だろう。託された思いも夢も無駄にして終わりに出来たら――。


「先生は強いし、やさしいじゃん」


 陽だまりのようなてのひらがユウキの頭をなでた。


 ――ヒナゲシ姉ちゃん?


 微笑むサクラの姿を見て、懐かしい感触が錯覚であることを自覚する。

 

「先生は強いってば」

「俺が? 俺は身勝手で――」

「人の夢を背負うって重いじゃん。その重さに負けないでここまで来たんじゃん。先生は狼牙隊の分隊長まで上り詰めたし、ここの教師として働いてる。夢かなえてるじゃん」

「夢じゃないよ。俺のは……夢じゃない。全部人の借り物で――」

「じゃあ見つければいいじゃん!」


 ――ダイゴ兄ちゃん?


 サクラの力強い声は、兄弟子を彷彿ほうふつとさせる。


「自分の夢見つければいいじゃん! 夢ってある日突然見つかるもんだっての。遅いとか速いとかないってば。子供の頃の夢をまっすぐに見つめ続けて叶える人もいれば、おじいちゃんおばあちゃんになってから夢を見つけて叶える人もいる。遅いことなんかないよ」

「……俺の夢?」

「そう」

「ここで見つかるかな?」

「分かんないよ、そんなの」


 ここにきて突然突き放してきた。衝撃のあまり、ユウキは白目をむいて抗議の声を上げた。


「無責任だよね!?」

「だって先生の夢は、先生にしか見つけられないじゃん。だからもしもここで見つからないと思ったら、その時教師をやめればいいじゃん」

「そ、そういうものかな」

「先生は、なんでも重く考えすぎだっての。それにさ先生は、ツバキに寄り添ってくれた。だからあたしは、先生を尊敬してた。でも裏切られてムカついた。ツバキのこと、信用してなかったから」

「……ごめん」

「でも、先生にムカついてる気持ちもなくなった」

「な、なんで?」

「先生は、ツバキに似てる。自分に自信がないとこも、自分を卑下ひげするとこもそっくりなんだってば。だからツバキに怒ってるみたいで、なんかさ」


 サクラは目を細めて口元に微笑をたたえた。


「それでどうする? 学校やめる?」


 ツバキを傷つけてしまった事実は消えない。もしも償いが出来るとすれば、教師としての責任を果たす以外にないだろう。


「……君たちがまだ居てもいいって言ってくれるなら」

「人に頼るな! 自分で決めろ!」

「は、はい!! ここに居ようと思います!!」

「よし!! ならあたしも先生を許したげる。ついでに言うとツバキはもう先生のこと許してるかんね。ただそれは別として、先生の口からツバキにはちゃんと謝ること。でないとケツ蹴り上げるかんね!」


 サクラの瞳には強い決意が宿っていた。蹴るどころか、蒼脈刀でおしりを袈裟切けさぎりにされそうだ。


「は、はい!! 了解!!」

「じゃあ改めてあたしたちを強く鍛えてよ! 一緒に成長しよう。先生は先生として。あたしたちは蒼脈師として。一緒に強くなろ!」


 なにもしないで許されるかどうかではない。許してもらえるように努力するのだ。

 傷つくのが怖くて、逃げ続けるばかりの人生だった。

 今ここで踏ん張らないと、これから先一生逃げ続けるだけの人生になってしまう。


「うん。頑張るよ。ここでみんなの教師として」

「じゃ、あたしはこれで」

「サクラは、兄ちゃんと姉ちゃんに似てる。ありがとう。励ましてくれて」

「先生を励まして立ち直らせるのも生徒の仕事だっての」

「うん。ありがとう」


 サクラの背中を見送りながら、ユウキは自らの心に誓う。

 もう二度と生徒たちからは逃げないと。




 ――――――




 翌日、一年一組の教室で花一華はないちげユウキは、生徒たちに頭を下げていた。


「みんな、本当にごめん。特にツバキ、信じなくてごめんなさい」

「い、いえ。私は、あのえっと、怒ってないです」

「キキョウ先生の言う通り、みんなのことを信用してなかった。でも、これからは改めるからもう一度俺にチャンスをくれないかい?」


 許されなくてもいい。怒鳴られても殴られてもかまわない。

 ここが花一華ユウキの居場所だ。逃げずに立ち止まるのは、簡単なことじゃない。


「はい、あの、私こそお願いします」


 桜葉さくらばツバキ。


「ええで。ワシはそもそもあんまムカついてへんけどな」


 瞿麦くばくソウスケ。


「自分もであります」


 夕顔ゆうがおキュウゴロウ。


「うちもみんながいいならいいです」


 三笠みかさサザンカ。


「あたしもみんなと同じ」


 渋川サクラ。


「みんなありがとう。それじゃあ授業を始めます」


 五人と共に歩んでいく。

 花一華ユウキの新たな夢が幕を開けた。

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