第6話『蒼脈法の基本を思い出せ』
閃光と見紛う斬撃が人型の的を切り裂くと同時に、ユウキは残心の構えを取っていた。抜刀の瞬間すらサクラには知覚出来なかった。ここに居る全員が同じ状況であることは、呆気に取られた表情を見れば分かる。
「速い……速すぎるってば! なんつー速度!?」
まさに神速の領域。サクラを支配するのは好奇心だ。
ユウキに抱いていた苛立ちは、彼の一閃によりかき消されていた。
サクラだけでない。
「なんや今の!? ごっつ速いやんけ!」
「自分には、全然見えなかったであります……」
「いや、速いだけやない。何よりもあの目や。あの目付きはヤバい。未熟なワシにも分かる。あれはほんまもんのモノノフの目や」
ソウスケの言う通り、蒼牙閃を放つ直前、ユウキはぞっとするような表情をしていた。あの目をした人間に、もしも戦場で敵として出会っていたら、気迫だけで命を絶たれるだろう。
どういう生き方をすれば、あんな表情が出来るのか。尋常外れの修練か。はたまた名状しがたい修羅場か。いずれにせよ、まっとうな人生を歩んだ人間の目ではない。
脅威的な技に一同が驚嘆していると、ユウキはまるで雨露に濡れたエニシダの花のような弱弱しさを取り戻した。
「あ、ごめんね!! どうせなら本気でやった方がいいかなと思ってさ! お手本が見えなかったら意味ないよね!! 教師失格でごめんなさい! なんてダメ教師なんだ俺はぁ!! 今度はゆっくりやるよ! だからもう一度だけチャンスをください!!」
「そないなことより、どうやったのかを教えてくれや!」
ソウスケの言うように肝心なのは、そこだ。ユウキの練度からすれば、サクラの蒼牙閃に難色を示したのも頷ける。しかし圧倒されたままでは終われない。
サクラが、そして他の仲間たちが蒼脈師学院の生徒になったのは、達人の技を鑑賞して満足するためではない。自らもその境地に至るためだ。
「あたしも教えてほしい。今のどうやったんですか? あたしじゃ技の起こりすら全然見えなかった。どうやればいいわけ?」
「あ、あの……基本に忠実にやっただけだよ。蒼脈を体内でちゃんと魔力に変換して、それを刃に乗せて増幅して放つ」
「それだけ? まじで?」
拍子抜けしたくなる答えだが、基本は大切だと達人は口を揃える。まして花一華ユウキは、太正国の中でも最強格の一人に数えられる蒼脈師。シンプルな答えだからこそ、かえって説得力があった。
「う、うん。あとは、仙法を使ってきちんと身体能力を強化すること」
「えっと……あの、なんで仙法なんですか?」
ツバキが座学以外で自分から質問するのは、かなり珍しい。
呆気にとられるサクラをよそに、ユウキは饒舌に語り始めた。
「素早く攻撃するには魔力変換を速くすることも大事だけど、身体能力の強化も同じぐらい大事なんだ。サクラの……というかみんなの教わった方法は、素早く蒼牙閃を撃つことに意識が集中しちゃって、魔力変換と仙法の持続がおろそかになってるんだと……思う。それで全体的なキレが悪くなってる……ような感じかもしれない。即戦力になるって意味では、決して間違った指導方針ではないけど、俺ならもっとじっくり基礎を磨くかな」
確かに仙法の維持はまるで意識になかったし、魔力変換も今までの授業の癖で素早くやればいいと考えていた。
蒼脈師とは仙法・気法・魔法の基本三種を同時に使いこなして初めて一流と言える。基本中の基本をおろそかにしていた。
けれど、悔しいどころかむしろ嬉しかった。普段ネガティブ先生のお守りをさせられているのだから、これぐらいのご褒美がないと、やっていられない。
「その基礎をしっかり意識すればいいってわけ?」
「そこさえ気を付ければ、多分今のみんなでも、あの的をもっと深く切り裂けるよ。上手くすれば両断もいけるかもしれない……ような気がする」
「そっか。それじゃあ」
体内でじっくりと蒼脈を魔力に変換する。時間はいくらかかってもいい。とにかく丁寧にやることを意識する。
「い、今的の交換してるから撃たないでね!!」
ユウキの情けない声が集中を削いでくる。
ちょっと見直すと、すかさずな心象を下げる行いをする人だ。
「気が散るってば!!」
「ごめんなさい!!」
気を取り直して蒼脈を魔力へ変換する。
サクラは、学院に入学したばかり頃、初等部で教わっていた基本を思い出していた。
仙法は、蒼脈を仙力に変換して、身体能力を強化する蒼脈法。
蒼脈を仙力に変換する際には、肉体を活性化させる爆発的な白い炎をイメージする。激しく燃え上がる炎を全身に駆け巡らせる感覚を常に持つこと。
気法は、蒼脈を気力に変換して、武器や徒手空拳の攻撃力を強化する蒼脈法。
気力を生み出す時にイメージするのは、橙色の雷だ。全てを撃ち抜き、焼け焦がす破壊の権化。触れれば致命傷不可避の必殺の一撃。
魔法は、蒼脈を魔力に変換して、身体から切り離して扱う蒼脈法。
変換の時イメージするのは蒼く輝く水。時には鋭い刃となり、時には全てを砕く奔流となる。あらゆるものに変じ、あらゆるものを生み出す生命の根源だ。
サクラの頭の片隅でホコリに塗れていた古い教えが再び鮮明な姿を取り戻した。
「ま、的の交換終わりました!! いつでもどうぞ!」
「蒼牙閃!!」
繰り出された魔力の斬撃は、鮮烈な輝きを以て大気ごと的の胴体を切り裂いた。切り傷は的の厚さ七割ほどに達している。両断したユウキに比べれば劣っているが、今までサクラの放ってきた数万発の蒼牙閃の中で一番の切れ味を発揮したのは間違いない。
今の速度では実戦で通用しないだろう。だが速く放つだけのナマクラ蒼牙閃でも同様だ。この威力を維持しつつ。今まで通りの速度で放てれば、役立つ武器となる。
「あたし、速くやることばっか考えてた……そっか、ちゃんと魔力を練り上げるとこんなに切れ味が増すんだ……」
「まずはこの感じでやっていて、徐々に速度を上げていけばいいと思うよ……多分だけど」
「ありがとうございます」
「じゃ、じゃあみんなもやってくれるかな? とにかく人に当たらないように気を付けて――」
ユウキの忠告などお構いなしに、ソウスケは蒼脈刀を振り回した。
「よっしゃあ!! やったるで!!」
「だから周り見てよね!! もうちょっと落ち着いて!!」
忠告などソウスケの耳に入っていない。向上心だけで言えばサクラ以上だ。新しい技は試さずにはいられない。既に魔力を練り、蒼脈刀に流し込んでいる。
「あのさ聞いてるソウスケ!?」
「やかましいわ!! 落ち着いてられるかい!! ワシは誰よりも強くなりたいんや。あんな的、今日中にぶった切ったる!! おらああああああ!!」
怒号と共に放たれた蒼牙閃は、的の肩から胸にかけて打ち付けた。着弾点はばっくりと切り裂いているが、的を切り落とすには至っていない。しかし傷の深さはサクラよりもわずかに深く見える。
「どうやサクラ!」
「くっそ。負けてられるかっての!」
サクラが蒼牙閃を放とうした瞬間、金属が意志と擦れる音が響いた。サクラとソウスケが咄嗟を見やると、胴体が両断された的の前でサザンカが左拳を回しながら鼻息を荒くしている。
「うちが本気になればこんなもんです」
「マジ!? あんた一発で切ったわけ!?」
「ウソやろ!?」
「こんなの驚くほどの技術でもないです。ちょっとコツがつかめれば狼牙隊じゃなくても簡単です」
サザンカの左隣で的を斬るキュウゴも、的にかなりの深手を複数個所に負わせている。おまけに発射までにかかる時間がサクラとソウスケに比べてはるかに短い。十分に実戦で通用する速度だろう。
「なるほど。たしかに切れ味が増すであります……サクラ殿とソウスケ殿は随分とために時間がかかってるでありますが」
「なんやと!? 見とれ!! ワシは今日中にユウキ先生と同じ領域に達したるわ!!」
「ていうか、それあたしの台詞だっての!!」
「せやったら競争や!! 負けた方は一週間昼飯と夕飯おごりや!!」
「乗った!!」
サクラとソウスケのじゃれ合いが白熱する一方、ツバキは俯いたまま的の前で立ち尽くしていた。
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