第2話 立花楓は死神の猫を信じない 1

 鈴虫の音が何処からか聞こてくる日も暮れかけた住宅街を、二人の女子高生が歩いている。黒髪を後ろに束ねた知的な雰囲気を纏う少女、立花楓たちばなかえでは同じバレー部の一学年下の後輩である佐藤汐莉さとうしおりと歩いていた。


 落ち着いた雰囲気の立花楓とは対照的に、佐藤汐莉は髪を明るく染め、適度に制服を着崩しており、一見すると二人はそれほど気の合うタイプには見えない。

しかし、佐藤汐莉は立花楓にとても懐いていたし、楓にとっても汐莉を妹の様に可愛がっていた。


「ねー、先輩。楓先輩は死神が化けた黒猫の噂、どう思います?」


 学校の前のコンビニで買ったアイスクリームを食べ終えたタイミングで汐莉は楓に話しかけた。


「死神が化けた黒猫? あぁ、あの連続殺人事件の犯人が猫だとか言う馬鹿馬鹿しい噂ね。そんなの真に受ける程馬鹿じゃないよ私」


「う、馬鹿とはいきなり辛辣スね……」


 この街では今、銃による殺人事件が今月に入ってから4件も発生していた。そして、誰が言い出したのか楓達女子高生の間にはその犯人が黒い猫であるという根も葉もない噂が広がっていたのだ。


「でもでも、汐莉の彼氏の友達の彼女の弟が、4件目の殺人の第一発見者らしいんスけど、その人も見たらしいんスよ。死体の横に黒猫がいたのを……」


「彼氏の友達の彼女の弟ね。その時点で信憑性の無い噂話としか思えないよ。それに全部銃殺だって言われてるんだよ? 猫が二足歩行で発砲したとでも言うの?」


 興味がないなら軽く流しておけば良い。しかし楓は納得の行かない事に対してとことん反論したくなってしまう性格なのだ。可愛い後輩のオカルト的噂話にもついつい正論で食って掛かってしまうのだ。


「汐莉が見たんじゃないから知らないスよー。でもでも、死神が猫に化けてるなら二足歩行で銃を構えて、前足の肉球で引き金を引くことも出来るんじゃないんスかね」


「はぁー……、猫に死神を絡めれば何でも有りな訳ね」


 死神に黒猫、有りがちな組み合わせに呆れてしまう楓。噂の出所は分からないが、現場にたまたま黒猫がいたのが脚色されでもしたのだろうと彼女は考えていた。


「先輩がこういう話好きじゃないのは分かってたんスけど、彼氏の友達の彼女の弟の話では、鈴の音がしてそれを追っていったら死体を見つけたらしいんスよ。だから汐莉は鈴の音が聞こえても、楓先輩は追いかけちゃダメっスよって言いたかったんス」


「汐莉なりに私の事を心配してくたのね。ありがと。大丈夫よ、面倒に巻き込まれるのは嫌だから気を付ける様にするね」


 信じた訳ではないが、汐莉はいたって真面目に心配してくれていることを感じた楓は、それ以上否定的な事は言わないようにした。


 それから暫く、たわいもない会話を二人で楽しみ、いつも二人が別れる三叉路に着く。


「そんじゃ楓先輩気を付けて帰るんスよ」


「それは此方のセリフだよ。お互いここからは人通りも少ないんだから、汐莉も気を付けてね」


 いつもの様に手を振りあって別れる二人。


「せんぱーい!! また明日!!」


 暫く歩いてからまた、汐莉の大きな声が三叉路に響く。楓が振り返ると何度か大きく手を振ってから走り去っていく汐莉の姿が見えた。


「もう、近所迷惑なんだから」


 そう呟きながらも楓は汐莉を可愛い奴だと思い、自分も家に向かって歩きだした。


「そうだ。帰ったらクッキーでも焼いて明日持っていってあげよ」


 それを渡した時の汐莉の喜ぶ顔を思い浮かべ、ついニヤニヤしてしまう楓。


 『……リーン』


 そんな楓に突然鈴の音が聞こえる。


 いや、耳ではなく頭に直接響くような感覚を彼女は感じていた。そのため、最初は気のせいだと思うのだが……。


 『チリーン』

 

 二度目の音、それを聞いて、鈴の音が自分の背後から現実に響いていると認識する。


「うそ……まさかね……」


 鈴の音なんて、聞こえたからと言って気にすることではない。あんな話をした後だから変な気持ちになるだけだと楓は自分に言い聞かせる。


 日が暮れたとはいえ真夏の夕暮れ時だ。本来蒸し暑い筈なのだが、楓は周囲の空気が冷たく冷え込んでいくのを感じていた。


(普通じゃない……)


 オカルトや噂話を信じない楓にも、これが異常な状況であると本能で感じることが出来た。


『チリン、チリーン』


こめかみの辺りから頬へと冷や汗が伝う。繰り返し背後に響く音。楓はその音の原因を確めるべく振り返ろうとするが、恐怖から振り返ることが出来ない。


 やがて遠ざかる鈴の音。


 楓はその音が聞こえなくなってから息を整え、家へと走って帰ったのだった。


 帰宅してからシャワーを浴び、家族と夕食を取る楓。テレビからはお笑い芸人ののネタに大笑いする観客の声が流れている。

 いつもと変わらない日常。楓は完全な落ち着きを取り戻していた。


 今となってはやはり鈴を着けた猫がたまたま通りかかっただけで、考えすぎだったのだと思えていた。


「姉ちゃん、ハンバーグいらねーの?」


「ちょっ、やめてよ。食べるわよ」


 弟の勇気が楓のハンバーグを強奪しようとした時だった。


『ピンポーン』


 家のインターホンから音がなる。


「あら、こんな夕御飯時に誰かしら」


 楓の母がテーブルから立ち上がり、玄関へと向かう。


 楓は特にそれを気に止める事なく、勇気から守ったハンバーグを口に放り込もうとしたその時。


「楓ちょっと」


 母が不安そうな顔でリビングに戻ってきて、玄関に来るように声をかける。それに従い、楓は口にいれる寸前のハンバーグをしぶしぶ皿に置き、テーブルから立ち上がると玄関へと向かった。


 玄関には二人のスーツ姿の男。


「立花楓さんですね。私達はこういう者なのですが、佐藤汐莉さんの事で少しお話を聞かせて頂けませんか」


 言いながら男達はスーツから手帳の様なものを取り出し楓に見せる。楓はそれが警察手帳だとすぐに分かった。


 楓の頭の中に言い知れぬ不安が広がる。


「汐莉に……なにか有ったんですか?」


 不安を悟られないようになんとか冷静を装い刑事へと質問する楓。


「その、申し上げ憎いのですが……、先ほど汐莉さんが死亡されまして……。汐莉さんの親御さんから楓さんがいつも一緒に帰られていると伺ったものでお話を……」

 

 何やら説明をしているが、楓には途中から話が全く入ってこない。


(汐莉が死んだ……)


 そして思い出す。


『チリーン』


(あの鈴の音……まさか……嘘、嘘、嘘)


 混乱し、その場に倒れ込む楓。次の瞬間、視界は真っ暗になり、楓は気を失ってしまったのだった。

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