7 恋愛写真


「なあ、なんで岸はあんただと気づいたんだと思う?」

「え?」

 問われて、たえ子はうんうんと唸りながらしばらく考えていた。



「えと……テレビに出る時も化粧をしますし、それでわかったのかと……」

「うん。だけどここにいるときはかなり化粧が濃いよね。正直ぱっと見ではわからない」


「でも、みおさんはわかったじゃないですか」

「まあそうだけど……正直に言うとオレは絶対にあんただと思ってたわけじゃない。シラを切り続けられたら追求は難しかったと思う」


「……でも、やっぱり、ぼくっぽいとは感じたわけですよね?」

「そうなんだけど、岸がこの場でそう感じたかどうかは疑問だな」

「どうしてです?」

 問われてわたしは、自分の顎を指した。



「あんた、オレと初めて会ったときも、そして今日も、髪と口はどうしてた?」

「口って……あ」

「店に立ってるときは手ぬぐいとマスクしてるだろ?」



 そう、たえ子は店先に立つときはいつも手ぬぐいで髪をまとめ、マスクをしている。わたしと初めて会ったときも、それからも、たえ子は店番をするときは常にそうしていた──そして、写真に写っている“たえ子”も髪をまとめてマスクをしているのだ。わたしと喋るときは顎に降ろす白いマスク。



「この写真でもそうしてますね……いや、でも、みおさんだってマスクをしているぼくを見たわけですから……」

「他にもおかしいところがある、この写真よく見てみなよ」



 たえ子はスマホを横にし、斜めにし、縦にして腕を組み、最後にもう一度横にして困り顔でわたしを見た。



「……わかりません」

「きっちり写ってるけど画質がずいぶん荒いと思わない? あんただけを正確に写してるのに、例えばかなりズームをしたか、それとも切り取ったか」

「ぼくを撮るならズームは当然するんじゃないんですか?」

「そうなんだけども」


 わたしは自分のスマホでカメラを立ち上げて、二本指でズームしてみせた。


「ほら、これって画面どうなってる?」

「……すごい手ぶれしてる……」


「横に車がいないから、たぶん岸はこっち──右側の車線だね、お店がある側にいた。おそらく親が運転する車に乗っていた」


「そこまで混む道ではないですからね……それに、この写真は今よりやや明るいぐらいで……」

「たぶん時間はそう変わらない。夜だったはずだよ。それで、こんな風に──」



 わたしはズームしっぱなしのスマホで、走っていた車を撮った。

 車はヘッドライトが光線のように伸び、車体もがたがたと薄暗く伸び、不器用な人が引いた水彩画のようだった。



「岸の写真みたいに、止まって撮れる?」

「…………」


 言われて、たえ子もわたしと同じようにカメラを起動し、ズームをして車を撮った。



「……あんな風にはならないですね……」

「まして岸は車の中にいたはずで、自分も動いている状態では絶対に撮れない」

「……だったら、どうしてでしょう」

「実はひとつだけ方法があるんだ」



 わたしはベンチから腰を上げて、たえ子から離れた。そこでスマホを構えて、一枚撮る。



「これ、どう思う?」

「わあ、みおさん上手ですね」

「……そうじゃなくてさ」

「へ? あ、えと、……これだとぼくが小さいですね」

 たこ焼き屋とそこのベンチに腰掛ける少女。左側には車の行き交う国道。そう、これだと彼女が小さく写りすぎる。

「だったらこうすりゃいいんだよ」



 わたしは撮った後の写真を二本指でズームした。そこには果たして、岸の写真と同じぐらいに荒い画質の他波他得子がいる。



「あ……そうか……」


「たぶん、だけど岸はあんたを写したわけじゃないんだよ。ここって個性的なお店じゃんか。例えば最近スマホを買い換えたとかだったら、ちょっとこんな建物を撮ってみたいような気持ちになるかもしれない。そうして撮った内の一枚に、たまたまあんたみたいな人間が写っていて、岸は確信したわけじゃなくて、もしかしてとか、ひょっとしたら、とかでそこを切り取って、そしてあんたを脅してみた」


「どうしてこの写真は手ぶれしてないんですか?」

「あんたのもiPhoneだよね? 広角がついてるからやってごらんよ……そう、そこのアイコン」


「…………お……おぉー……ぶれないです……」

「詳しい原理は知らないけど、要するに写す範囲が広いとぶれないんだよ。逆に狭くなる、つまりズームをするほどブレがひどくなる。なんとなくイメージはできるでしょ?」


「あー……確かにスタジオだと三脚で撮って、外の広い絵だと肩で担ぐだけで平気みたいですもんね。そうか……」



 ぶつぶつ言いながらたえ子はテレビカメラマンのように肩になにかを乗せる仕草をしながら、なるほどなあ、と並べてぶつぶつ言う。



「それにしてもみおさんカメラ詳しいですねえ、好きなんですか?」

「んー、別にカメラが好きなわけじゃないけど……まあ詳しいかもね」



 不思議そうな顔をして、じゃあなにが、と言いかけた彼女を制し、


「あんたが決定的な自白をしてないんなら岸本人もまだ確信はしてないはず。そこはどう?」

「ああ、はい。ぼく自身は違うって一点張りだったので、だったら……大丈夫かと。でも……」

「でも?」

 不安げに夜空を見上げている。



「それを言ったところで岸さんは納得するでしょうか……むしろ、もっと躍起になるとか、今度はお店に直接来たりして……」

「来させりゃいい」

「え?」

 彼女はびっくりした顔でわたしを見た。



「事実をその目に見させれば完全に納得するしかない。オレとあんたは、身長はそんなに変わらない。あんたの方がちょっとだけ、まあほんのちょっとだけ小さくて可愛らしいかもしれないけど。髪は写真のように手ぬぐいでまとめればいいし、口はマスクで隠せばいい。目はオレもあんたも二重だ。ちょっと、ちょっとだけな、ほんとにちょっとだけ、ミリ単位であんたの方が目が大きくて形がいいけど化粧をすれば誤魔化せる、と思う。眉毛も、それちょっと描いてるでしょ? 太いからオレも同じ形にできる」


「…………みおさん」

「なに」



 だいたいたえ子の言動はわかってきた。悪いです、そんな、みおさんにそこまで、みたいなことを延々と並べ立ててやらせない気だ。意外とこの子は意志が強いのだ。そして他人に対して引け目というか、なにかをやってもらうことを異常に嫌がる。嫌がるというか慣れていないというか。しかし、こっちも理論武装はしっかりしてある。よし、先手必勝。



「いいか、オレは──」

「やりましょう! いいですねそれ!」

「オレ実は岸にこく──なに?」

「やりましょう!」

「え?」


「みおさんはお化粧したらもっともっとキレイになると思ってたんですよー! 目が小さいなんてことはないです! 二重で切れ長の目は、知的さがありつつ野性的で映えますよ! 唇もすごく血色いいですよね、たぶん紫系統が似合うと思うんです、あ、アイシャドウもちょっとだけ紫入ってるのがいいと思うんですよ、あのですね、みおさんはクールな感じがしますから高級感のある紫を全体的に──」


「とめないの?」

「なにをですか?」

「その……諸々を」

「みおさんにお化粧できるんですよね? やります」



 わたしの手を取って固く握り締めている。その目には断固とした意志を感じられた。確固たる信念、なんとしても目的をやり遂げる、という強い意志だ。この場合の目的とは、対・岸である。そうに違いない。



「わかった、それじゃあ、諸々打ち合わせしとこう」

「そうですね──ぼく絶対に譲れない点があって、」

「なに?」

 すごいやる気だ。頼もしいぞ。



「あの……八十年代のアイドル、わかります? ぼくが名乗ってる“せいこ”様もそうなんですが、ぜひともその当時のテイストでお化粧をさせてください。あ、髪のセットもぼくが当時を再現して──」

「ひとつでもオレの話をきちんと聞いてたか?」

 すごいやる気だ。不安だぞ。


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