5 無理無理無理

「今日はどうする?」

「んー」

「あ、ごめん、まい今日早く帰れって言われてて……」

「じゃあお開きにすっか」

 ばいばい、と手をひらひらさせて二人とは違う道に足を向ける。最近気付いたのだが、わたしはこの“一人でいる日”が多少なりとも寂しかったのだと知った。


 家に帰っても親はまだ仕事だし、遊ぶ友達は二人以外にはいない、それで家では何をしているのか、というとテレビを見ていることが多い。周りの子達ならスマホでYouTubeなんだろうけれど、わたしはスマホを持たせてもらうのが遅かった。遅かったというか受験だから、と言うことで中三になった最近買ってもらったのだ。


 だから私がクラスで浮くことはある種必然でもあったし、早めにきいちゃんとまいちゃんに出会えてよかったと思っている。フリック入力なんか未だにできないし、音声入力も少し恥ずかしい。この年頃は新しいものをドンドン取り込んで成長するもんだ、なんて親戚の誰かが言っていたような、いなかったような、それで言うと私は成長していないのかも。


 しかも家にはWi-Fiがない。だからどんどんギガが減ってえらいことになる(ときいちゃんが言っていた)らしいから、大人しくテレビを見る。昔からそうしてきたから、周りが言うほどテレビが遅れたメディアだとは思わず育ってきたし、きらきらした世界だと考えていた。


 ただ最近、わたしは前ほどテレビを見ない。というより、“一人の日”は家に遅れて帰るようになった。目の前で生き証人が語ってくれるからだ。誰かって? 誰だろう、化粧慣れした知らないお姉さん。



「……そんな具合で、短いコーナーでも取り直しが何回もあったりするんですよ」

「へぇー、こだわりが強い人がいるとそうなるのか」


 たまに例のたこ焼き屋に来て、一パック買って、二個を残しておく。お姉さん──たえ子が仕事終わりに横に来て座り、そのまま適当な時間までだべる。


 わたしがきいちゃんまいちゃんと帰らないアトランダムな日。示し合わせたわけでも事前に決めたわけでもないその日に、わたしたちはお喋りをした。



 着く頃には日差しに夕陽の色がかすかにつき始める。注文をして、受け取って食べ終わるころには夕焼けを飛ばして薄暗い。その時分にたえ子がやって来て、喋り終える頃には、星が出ている。


 帰ってテレビが見たいとは思わなかった。スマホを弄っていたいとは思わなかった。だけれど、特別何かを、誰かを待ち遠しいわけじゃない。ただわたしが持て余している暇を丁度よく埋めてくれるのが、今のたえ子。それだけ。



「それじゃあさ、普段休みはどうしてんの?」

「ええとですねぇ」


 わたしにはわたしの世界があって、こいつにはこいつの世界がある。別に交わったわけじゃなく、言うなればホームステイみたいな。たぶん、なにかちょっとしたきっかけでわたしはここに来なくなるだろうし、たえ子だってそれを気にしないだろう。



「みおさんは何をしてるんですか?」

「ん? オレ? オレはまぁ……テレビとか……」


 不思議とわたしは、ここではまいちゃんときいちゃんの名前は出さなかった。なぜだろう、わからない。なんとなく、ここは二人だけの空間なんだと思っていた。たえ子もわたしに求められてテレビの人の名前を出すことはあっても、同級生の名前を出すことはなかった。



 そういえばここに来てしばらくになるが、まだバイトしてなにを買いたいか、聞いてなかったな。


「ああ、それですね……」

「なにか後ろ暗いものか?」

「いえ、その……服なんです」

「服? いいじゃん、なんでそんな言いにくそうなの」


「そのぅ……」

「言ってみなって」

「オーディションに出たくって……それ用の……服なんですね……」


「へぇー、どんなオーディション?」

「福岡でやるやつなんですけど」



 たえ子がスマホでひとつのサイトを見せてきた。ねくすと……げ……じぇねれ……しょん……



「なんて読むんだこれ……」


「ネクスト・ジェネレーションズ・フロム九州だと思います。九州全体から人を募って、オーディションで優勝したら福岡の大きな会社と契約できるらしいです」


「ふーん、あんたが今契約してるとこは小さいの?」

「厳密に言うとどことも契約してないんです、福岡なら特急ですぐですし魅力的だなと……思いまして……」

「いいじゃんか」

「そうですか?」



 たえ子は時々よくわからない話し方をする。今なんかまさにそうだ。



「あんたはそれに出たくないの? 無理やり出ろって言われてるの?」

「え? いえ、ぼく自身が出たいんです」

「なら、なんでそんなに嫌そう──というか、なんだろう、微妙な顔してんだ?」

「それは、そのぅ、えと」

「大丈夫だって」



 たえ子がまだ食べていなかった最後のたこ焼きを、やつの口に押し込んだ。



「自信持ちなよ、あんたちゃんとアイドルやれてるじゃんか」

「ふぁりふぁとうごふぁいまふ……」



 子リスのように咀嚼し終えて、たえ子はポツリと言った。



「正直、ずっと不安なんです。変に思われてるんじゃないか、って。こんな片田舎で、なにをやってるんだ、って。アイドルやりたいなら、さっさと東京に行けばいいじゃないですか。でもぼくはまだ中学生だし、それに、ここが好きだし……自分を変えようと思ってアイドルなんて始めて、でも、やりだしたら楽しくて……でも、でもやっぱり自分が変に思われてるんじゃないかって、ずっと思っていて」

「…………」



 ちゃんとひとりで前を、毅然と向いていたと思っていた子も、まあ、やっぱり私たちと同じなんだよな。

 だったら同じ目線の話もきちんと通じるかもしれない。別に励ましたいわけじゃないけどね。



「──オレが最初に制服こんなにしてきた日を知ってる?」

「へ? え、ええ、噂になってました」


「失恋したんだ。それで、ヤケになったのもあったし、ちょっと自分を変えようと思って、見た目を変えた。知っての通りこっぴどく叱られたし、友達もいなくなった。馬鹿なことをした、って思ったよ。こんな変なことすぐにやめようと思った。でも変に思わなかった人もいて、おかげで今もこうして変なままなんだよな」


「ぼくには……その、変に思わない人がいるのか、いないのか、わかりません……」

「あんたファンと握手とかしたことあるって話してたじゃんか。ファンはあんたを変だとは思ってないだろ」


「それはそうなんですけど、その、“他波他得子”で接する人と“たえ子”で接する人は、なんか違うんです……ぼくは、自然体のぼくでも変だと思われないようにしたくて……」

「ふぅん」



 なんだかわからんが、難しいことを考えているんだな。わたしでは納得させられないかもしれない。

 そのあともたえ子はずっと悩み事をポツリポツリと喋って、わたしは適当に相槌を打っていた。やっぱりローカルアイドルとはいえ、芸能人と一般人では悩みのレベルが違うのかもしれん。





 ある日、屋上へ続く階段からたえ子がふらりと降りてきた。わたしはたまたま通りがかって、ちらと彼女の方を見た。なんとなくだけれど、お互い学校では素知らぬ顔をしている。していた。けれど。

 そのときの彼女は、なんだかとても青白い顔をしていて──


「おい」

 自然と声をかけていた。


「…………」

「大丈夫か?」

「…………」


 たえ子は何も返さず、ただ頷いて足取り重くどこかへ消えた。なんだ? 酔っぱらったみたいな風体だ。すると、もうひとり階段から降りてきた。

 げ。こいつ。


「げ」

「…………」


 乙女の顔を見て「げ」だと。こいつは、一月ほど前にわたしが告った男だ。名前も忘れたが。名札を見ると【岸】と書いてある。そーだそーだ、岸だ。思い出した思い出した。完全に忘れていた。マジでな。


 岸はそそくさとわたしの横を通り抜けようとしたが、思い立ったようにわたしの前へ立って、深呼吸なんぞを始めた。人をなんだと思ってやがるんだ?



「あの、みおさん」

「なに?」

「お願いがあって……その……」

「なに?」

 二回目はキレ気味。


「あ、えと。たえ子ちゃんに、ちょっかいを出さないでほしい。俺たち、その、付き合うかもしれないから、殴るなら俺を殴ってくれ」



 …………

 ………………


「今殴ってもいいんだよな?」

「へ? あ、あ!」


 岸は目の前でギュッと目を閉じた。今考えたら何がよかったんだ、こいつの。

 わたしは両手を握りしめて恐怖に怯える岸を後に、教室へ戻った。岸は、始業開始ベルから一分遅れて教室に来た。


 なんだこいつ。マジで無理。

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