4 あんまり素敵じゃない世界
「うん、うまいや」
たまに馬鹿みたいに熱々のたこ焼きがあるけれど、わたしはあれ、好きじゃない。やはり何事も適当なところというものがあって、過ぎると身体に悪い。それは熱すぎたり冷たすぎたりすることもあれば、強欲すぎたりという場合もある。そう、例えば既にテレビにでまくっていてお金を持っているであろうに隠れてこそこそバイトをしている田舎のローカルアイドルみたいに。具体的すぎるかな?
わたしはおっさんから受け取ったたこ焼きを店の外のベンチでほうばりながら、たえ子が勤務を終える時間を待っていた。おっさんは適温でたこ焼きを渡すから実に美味しく頂ける。たえ子の方もどうだろう、ちょっとは落ち着いて適温だろうか。
あのあと、意外にもたえ子の方から「ちょっと待っていてもらえませんか」と告げてきた。そうでなくともわたしは訳を聞いておきたいとは思っていたが、やはり彼女としてもこのままわたしを帰らせるわけにはいかないのだろう。それはこっちにしてもそうだ。
しかし実のところわたしはたえ子をどうしたいのだろうか。たえ子は嫌いだ。だからといってこのままバイトしていたことをただ報告するのでは味がないというか、いや、それは大人のやり口でなんだか気に食わない。だからまあ、申し開きがあるならきちんとそれを聞いてから判断をしたい。相も変わらず主導権はわたしにあるのだからどうとでもできる。
あ、マヨネーズが一個かかってない……これにもかかってない……おっさん見もせずにやったな。もうすぐたこ焼きを受け取ってから二時間くらい経つ。ゆっくり食べてスマホを弄るにしても限度があるしわたしも門限があるのだが……
「角谷さん、ご苦労様でした」
「おう、次は木曜な。お疲れさん」
たえ子が深々とお辞儀をしながら出てきた。おっさん角谷っていうのか。わたしと目があって、彼女は少し唇をギュッと固く閉じた。警戒しているな。別に取って食おうってわけではあるから警戒をするといい。とりあえず。
「座りなよ」
わたしは自分の隣、ベンチの空いている側を手で叩いた。
「いえ、でもここは……」
「ここは九時まで開けてるでしょ、それにおっさんは外には出ないよ」
「……」
たえ子は渋々、隣に座った。
「食べる?」
マヨネーズがかかっていなかった二個のたこ焼きを差し出す。
「あ、いえ、悪いです……」
「あんたの運命はオレの手にあることを忘れてるな?」
「……」
たえ子は呆れたような諦めたような顔で、冷めてマヨネーズがかかっていないたこ焼きを口にした。
「あ……おいしい」
「食べたことなかったのかよ」
「ごめんなさい、その……買い食いをすると怒られるので……」
この行為を優しさだと思うだろうか? とんでもない、これは戦なんだぞ。わたしは先手を打ってたえ子の口を物理的に塞いだのだ。奴から先に口を開けば、こちらの優位が揺らぐ可能性がある。負けの可能性は少しでも排除する。
食べ終わるのを待って、わたしは用意しておいた質問を先にぶつけることにした。
「早速本題なんだけどさ、なんであんたアルバイトなんてしてるの?
「あ、はい。それは、その……ありふれた理由なんですけど……」
「うん」
「欲しいものが……あって……ぼくのお小遣いだけだと買えないんです……」
「ダウト。おかしい。あんた自分の発言のおかしさ気付いてる?」
「へ?」
たえ子は目を丸くしていた。
「あんたさ、テレビにそこそこ出まくってんじゃんか。お金がないはずないでしょ、わたしのお母さんより稼いでんじゃないの?」
「うちはお小遣い制なんです。お金は全部ママに渡してます」
「だったら尚のこと、欲しいってきちんと言えばお金渡してくれるでしょ。あんたが稼いでるお金でしょ?」
「いえ、そこまでの余裕はないんです。うちはそんなに裕福なほうでは……」
「だから! それがおかしいの。あんなにテレビ出ててお金持ってないってどういうことなの?」
「あの、みおさん、ちょっと耳を貸してください」
「は?」
「お耳を……」
悪代官みたいなこと言い出したぞこいつ。しょうがなく片耳を差し出す。するとたえ子が、ボソボソと耳打ちした。
「────」
「え? 嘘でしょ?」
「ほんとなんです」
「いや、ありえないって。テレビでしょ? そんなはずないって」
「それがほんとなんです、ローカルはそれぐらいなんです」
「ちょっと待って、オレ信じらんねえ、もう一回言ってもらっていい?」
「────」
「……嘘だろ?」
「ほんとです」
「あれだけ出てて、それだけしか貰ってないの?」
「……そうなんです。だからほんとに、家計の足しになるくらいで……」
「え、あの芸人さんとかもそうなの?」
「誰ですか?」
「あの、ほら、旅番組してる……」
「あの人たちだったら、ロケ一回で────」
「嘘……」
「だからあの人よく泣くんですよ」
「ガチ泣きだったんだあれ……」
「楽屋ご一緒したことありますけど、以前楽屋でも泣いてたことありました」
「え、なんで?」
「奥さんに電話で怒鳴られてました」
「えぇー……」
「地方はとにかく単価が低いんです」
「じゃあさ、じゃあ、最近夕方の番組によく出てる、ほら、あの、えと、センターのあの人は? 同じアイドルでしょ?」
「あの人は東京だから全然違いますよ、そうですね、憶測ですけど────」
「たっっっっっっっっっか」
「でしょう?」
「あんたと全然違うじゃんか、二乗どころじゃないじゃんか」
「でしょう?」
「逆になんであんたはそんなに低いの?」
「だから、それは地方だからです」
「なにそれ、差別じゃん」
「しょうがないですよ、予算が全然違いますから」
「ちくしょう、世の中のことおしなべて金なのかよ……」
「あ、ぼくが水曜に出てるあのワンコーナーあるじゃないですか、ご存知ですか?」
「ん? ああ、見てる。あれが?」
「お耳を……」
「うむ……」
ゴショゴショ。
「やっっっっっっっっっっっす!」
「凄いでしょう?」
「どうしたらそれでテレビ番組ができるの? もうYouTubeでよくない?」
「YouTubeやるにはそれはそれでお金がまたかかるんです」
「うわあ、オレちょっと夢が崩れてくよ……」
「ぼくも最初はびっくり仰天しました。ママが嘘ついてるって思って、こっそり明細を見たんですけど、嘘どころかちょっと盛って言ってたんですよ。額面そのまんまだと、最初の頃は家計の足しどころか交通費とか差っ引いて赤字でした」
「そんな悲しい話をするなよ、やめろ」
「ごめんなさい」
その後もわたしは、一・二時間ほどローカルテレビ局の懐事情と、ローカルアイドルの懐事情を聞きまくった。語るも悲惨、聞くも悲惨。こんな世界のどこに夢があるんだと嘆きたくなる内容だった。知りたくなかった、こんなこと。お母さん、わたしは今日またひとつ大人になりました。6歳の頃将来は歌手になるって言ったことがあったけど、次の歳には諦めていてよかった。
電話が鳴った。お母さんだ。辺りはすっかり暗くなって、夕日の影もない。星がちらちらと空に出ている。そろそろおっさんの店も閉まる。とりあえず電話は一旦無視して忙しいんだみたいな体にして、後で掛け直そう。
「やばいな。話し込んでしまった……」
「すみません、ぼくがいろいろと無駄話を」
「いや、楽しかったよ。地方テレビの闇を知れてよかった」
「それはよかったんですか?」
「……あ」
「どうかしました?」
結局普通に話しちゃって今後どうしようかとかなにが欲しかったんだとか、その辺を全く聞いていない。
「……いや、なんでもねえよ」
まあ、別の機会でいいか。とにかく急いで帰らないと。
「……あの、みおさん」
「なに?」
「ぼく、その、変じゃありませんでしたか?」
「なにが?」
「その、ぼくって言ったりしますし……」
なにが?
「オレもオレって言うし、あんたがぼくって言おうと勝手だろ、変じゃない」
「──」
心なしか少し顔を明るくさせて、たえ子がわたしの手を握った。
「あの、よかったら、また来てください。ぼく、まだいっぱいお話できますよ」
「うん、そうだな、まだ聞きたいことあった。とりあえずオレ帰らないと」
「あ、ぼくも……」
「じゃあまた」
「……あ、はい! また!」
たえ子は店の横に停めていた自転車にまたがって、こちらにブンブン手を振りながら帰っていった。早い。いいなあ自転車。わたしはお母さんのを借りることしかできない……やはりアイドルは……いや、奴はド貧乏アイドルなんだった。
わたしはここから歩き……は、面倒くさい。そうだ、お母さんから電話来てたな。
「────もしもし。うん。ごめんごめん、ちょっと人と話してて。うん。同級生だよ。うん、うん。あ、ありがとう。えっとね、隣町のたこ焼き屋。そう、いつものとこ。いい? うん」
お母さんの到着を待ちながら、そういえば果たして今回はどっちが勝ったのかということを考えていた。すっかり別の話に誘導されたわたしの負けだろうか……いや、たえ子がド貧乏だと知れたことは大きなアドバンテージだ。華やかなアイドルだと思っていたが、なにせ番組一本あたり──
「…………」
引き分けでいいか。
次に持ち越し。
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