3 音速パンチ
たこ焼きを食べたい、ふとわたしはそう思ったのだ。伊予柑にもメークイーンにも敵わないわたしとしては、ならば加工品であるたこ焼きを食べよう。焼いて小麦粉で包んでかつおぶしをまぶしてマヨネーズをかければ素材なんて関係ない。そう、今はまだ中学生だから無理だけれど、わたしだって高校に行けば化粧ぐらいして、そうすればまだ可能性はある。
「みーちゃん帰りどうする?」
「オレはそのまま帰るわ」
「じゃあまい達も帰るね」
わたし、まいちゃんときいちゃん二人は帰りの方向が違う。具体的にいうとわたしだけ逆方向なのだ。しかも割と校門付近で別れることになる。なので、三人でいたいときは公園でだべってたりとか、図書室でだべってたりとか、どこかでだべってたりする。おしゃべりは女子の特権だから。
「みーちゃんさ」
「なによ?」
「その一人称直したら少しは恋の確率上がるかもよ」
「オレはこれでいいの」
二人に手を振って、そのまま帰路についた……と言いたいが、先ほども言ったようにたこ焼きが食べたかった。だいぶ歩くことになるけれど、隣町にほどほど評判のたこ焼き屋さんがある。ほどほどの評判だから、ほどほどに美味しい。けれどそれぐらいが丁度いい。混んでいないし、のんびりしているし、安いし。
周りも帰路につく人たちばかりだ。進級してまだ二月も経っていないから、みんなどこか浮かれている。わたしも、もう中三だ。進路のこととか考えちゃうな。叶えたい夢だとかそんなことを念頭において進路を考える人間がいるけど、質実健剛をモットーとするわたしは自分の夢なんて考えていない。今のわたしの学力で入れる公立。条件これだけ。あ、できればきいちゃんとまいちゃんと一緒がいいんだけれど、きいちゃん何気に頭いいからな……まいちゃんとは一緒になれると思う。うん。
春先の田舎は空気が澄んでいる。とは言ってもわたしは都会の空気を吸ったことがないから、どこがどうなれば澄んでいることになるのかわからない。ただ、従兄弟のお兄さんが「ここはやっぱり空気がいいなあ」と言っていたのでわたしもそう思っているだけだ。あの人は、目がくりっとして、右目は二重なんだけど左目は奥二重、鼻筋なんてすらっとしていて唇は薄くて……今は五時半くらいだろうか。冬からするとだいぶ陽が高くなって、でもやっぱりもう夕方の匂いがして……なんだか泣きそう。やべ。
そこそこ広い敷地に店舗を構えるそのたこ焼き屋さんは、屋根にひょうきんなタコの装飾と間の抜けたポップ体で店名が表記してあり、雰囲気がいかにも田舎のお店って感じ。間違ってもタピオカとか売ってないし、渋谷にこんな店を作ったら投石されるんじゃないだろうか。でもここは九州のど田舎、のさらにど田舎。このぐらいの雰囲気が丁度いい。それとここまで来ることにはもう一つ理由があって、やっぱり買い食いを見つかるのはまずい。その点、隣町のこの店はいろいろ都合がいい。学区が違うから顔見知りもまずいないし、お客さんも多くないから誰かの親に会う可能性も低い。だからわたしはたまにここを利用する。言うなればわたしのオアシス。オアシスというにはちょっとダサい場所だけど、そのダサい感じがまさにオアシスなんだ。ダサシス。
引き戸を開けて店内に入ると、見慣れない女性がカウンターに立っていた。口元はマスクで隠れていたが、一瞬、おっと思うほど美人。けれど幼い印象もあって、なんだか女のわたしでもちょっとドキドキする。こんな店で働いていていいのか? なんか目がすげー丸くて綺麗……芸能人みたい……そう、例えば──そこまで考えて、ふと大きな違和感を感じた。いや、違和感というか、既視感というか、嫌な感じというか。それは相手側の反応で確信に変わった。
「……!!」
わたしを見て、明らかにたじろいだ。身を引いた。ビクッとした。驚いている。エトセトラエトセトラ。とにかくこいつはわたしを知っている、そしてわたしもたぶん、こいつを知っている。
「……」
「……」
カウンターの前まで来た。いいじゃんか。考えようによっては、これは大きなリードになる。わたしはただの買い食いですけど、おたくさんは何をやってらっしゃるので? そんなお化粧までしてらして? ええ?
「……ナニニナサイマスカ」
すごい裏声。
「テレビで聞いた覚えのある声だなあ」
「……ナニニシマスカ」
声色変えやがった。
「隔週夕方のワンコーナーでたまに聞く声だなあ」
「……」
「……」
「あの、違うのみおさん、実は実家がやっているのがこのお店でお手伝いを」
「『たえ子』の実家は地元だしお父さんサラリーマンだよな」
ボロを出したなマヌケ!
わたしの言葉に、目の前のたえ子──他並他得子は露骨に表情を崩した。まさに絶望しているといった風情。
「えと、あの、その、ち、違うのほんとに、その、違うの、だから……」
オロオロとほとんど泣き出さんばかりにたえ子が喋っていると、奥の厨房からのそっと男の人が出てきた。
「どうした、せいこちゃん。面倒事か」
「あ……あ……」
ほとんどパニックだな。そして名前が違う。これはいろいろと虚偽の申告をしているようだ。うーん。けれど、まあ、今は諸々後に置いといて。
「おっさん、オレたこ焼きひとつ欲しいんだけど」
「……」
鉢巻きを巻いた大柄な店主──わたしはおっさんと呼んでいる──は、こっちをチラリと見てそれからたえ子と見比べて、浅いため息を吐いた。
「十分ほどかかるよ。──せいこちゃん大丈夫、この子は口が馬鹿に悪いだけで実際あんまり悪くないから」
「あんまりって、なにも悪さしたことないでしょ」
「実際のところは分からんな」
「ねえ、このお姉さんはいつからいるの?」
「4月からだね、美人さんだろ。あんまりいじめるなよ」
「ふーん」
それだけ会話すると、おっさんはまた奥に引っ込んだ。
「……」
「……」
静寂。
「ねえ」
「ヒャい!?」
このリアクション見たことあるなあ。
「お勘定忘れてるよ」
「あ、え、ええと、五百円です」
「五百円だって! ぼったくりだねおっさん!」
「馬鹿言え! この辺で一番安いぞ!」
奥でおっさんが笑いながら返事をした。そのままお姉さんに五百円渡して、店内の椅子に腰掛けて待った。なるだけこう、威圧感とミステリアスな感じになるようにして待った。足を組んでその上に肘を置いてそこに顎を乗せてあらぬ方向を見る。わたしがなにを考えているかわかるか。わかるまい。悩むがいい。主導権は今、完全にこちらにある。流れが来ているな。この後どうしてくれようか。あれしてこれしてそれして、最終的にほれ。身を震わせろエセアイドル。
「あの……みおさん」
「……なに」
「……下着が見えてる」
「…………」
わたしはそっと足を直した。
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